轤ヘ孤独を口にする前にどれほど自分が純熱に他人を愛し得るかを反省する必要がある。私らはいかばかり他人の魂に触るるに誠実であったか、どれほど自己の魂の口を開いて他人の魂を容れようとしたかを反省してみねばならないと思う。今の私は事実として孤独ではない。私は他人の魂から逃げ出したくない。いよいよ深く頭を突っ込んでその神秘におののきたい。たらたらと汗の出るほど、死ぬるほど彼女が愛したい。人を恋いては死を恐るることを私は恥としたい。
私らは二人の間に産まれたる恋愛をもって私らの生命を意義あらしむる唯一のものとしたい。それによって自己の人格の価値をみずから信じたい。天稟の貧しい私らに何ができよう。それを思えば自分の享《う》けた生がみすぼらしくまた皮肉に感ぜられて自己存在を否定したくなることもしばしばある。けれどその影の薄い私らが、自己の存在に絶大なる充実と愛着とを感じ得るのはただ恋あるがためである。私らには何もできない。けれどもただ一つ恋ができるのだ。互いに死をもって抱擁し、密着《みっちゃく》し、涕泣する崇高なる恋ができるのだ。それだけがわれらの唯一の誇りであり、またそれだけで十分なのだ。考えてみよ。全体人間の技巧なんてぞんがい小っぽけなものではないか。人間の人工的なる功業なんかあんがい小さいものではないか。それよりも私らの放つまじきものは生命の内部より湧き起こる感情である。内部自然の発動である。私はこの「自然」の上に築きあげたる私らの功業、すなわち恋愛を誇りたい。そう思えば私は恋が放したくない。土を噛みても彼女を抱きしめていたい。
私のように複雑なひねくれた頭のものがどうして彼女に対してこんなに純になれるのであろう。軽躁《けいそう》なものがどうしてかくまで誠実になれるのであろう。私はそれが不思議でもあり、また尊くてならない。纒綿として濃やかな、まことにみちたる感情が私の胸のなかをあふれ流れている。
春の目ざめの処女の身体の内部から、おのずから湧き出る恋心は、コンヴェンショナルな女をも自然児に変ずる力がある。その純なる感情の流れに従って生きるとき、女はやすやすと伝説を破って、まこと[#「まこと」に傍点]のいのちに入ることができたのだ。
私は恋愛が肉の上に証券を保ってることが心強くてならない。肉体は生命の最も具体的なる表象である。それだけ最も心強いたしかなものである。肉と肉との有機的なる融着よ! 大きな鮮やかな宇宙の事実ではないか。その結果として新しき「生」が産出されるのかと思えば、胸がどきどきするほどたのもしい。まことに恋愛は肉の方面から見れば科学者のいうように「原形質の飢渇」であるかもしれない。細胞と細胞とが Sexual union に融合するときの「音楽的なる諧和」であるかもしれない。
思えば私は長い間淋しい不安な荒んだ生活をしてきたのだ。それはあたかも霖雨のじめじめしい沼のような物懶《ものう》い生活が今日も今日もと続いたのだ。欠席、乱酒、彷徨、怠惰、病気、借金、これらのもののなかを転っていた私の生活はけっして明るいものではなかった。ぼんやりふところ手して迷児《まいご》のように毎日のように郊外をうろついたこともあった。酒精にたるんだ瞳に深夜の星の寒い光をしみこませて、電信柱を抱いて慟哭したこともあった。
そんな私だもの、恋を放してどうしよう。私はとてもほかのことでは充実できそうにも思われないのだ。私はもうもうあんないやな生活は繰り返したくない。恋がだめなら、私ももうとても駄目だ。私は度胸を据えた。
私はいま実際充実してる。歓喜にみちてる。私の衰弱した肉体の内部からも無限の勇気が湧いて出るのだ。湯のような喜びが生命の全面を浸している。生命が燃焼して熱と力と光とを蒸発する。私はいまさらながら高き天と広き地との間に心ゆくばかり拡がれる生命の充実を痛感する。ああ私は生きたい。生きたい。彼女を拉《らっ》して光のごとく、雲のごとく、獣のごとく、虫のごとくに生きたい。
げに恋こそはまことのいのち[#「いのち」に傍点]である。私はこのいのち[#「いのち」に傍点]のために努力し、苦悩し、精進したい。すべてわれらの恋によきほどのものはことごとくこれを包容し、よからぬほどのものはことごとくこれと戦って征服しなければならない。
私の今後の生涯はこの恋愛の進展的継続でありたい。私らが恋の甘さを味わう余裕もなく、山のごとき困難は目前に迫って私らを圧迫している。私らは悪戦苦闘を強迫された。ああ私は血まみれの一本道を想像せずにはいられない。その上を一目散に突進するのだ。力尽きればやむをえない。自滅するばかりだ。
[#地から2字上げ](二十二回の誕生日の夜)
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自然児として生きよ
――Y君にあたう――
私はまずあ
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