もとどり》を掴み右の手の鬱金《うこん》の巾《きれ》で、その生首を洗っていた。
 菊弥は、全身をワナワナと顫わせ、見まい見まいとしても、生首へ、わけても、女の洗っている生首へ眼を引かれ、物も云えず、坐っていた。
 やがて女は顔を上げ、つくづくと菊弥を眺めたが、
「菊弥かえ」と云った。
「は、はい、菊弥でございます。……あ、あなた様は?」
「お前の姉だよ」
「お、お篠お姉様?」
「あい」
「お、お姉様! それは? その首は?」
「代首《かえくび》だよ」
「か、代首? 代首とは?」
「味方の大将が、敵に首を掻かれ、胴ばかりになった時、胴へ首を継いで葬るのが、戦国時代のこの土地の習慣だったそうな。……その首を代首といって、前もってこしらえて置いたものだそうだよ」
「まあ、では、その首は、本当の首ではないのでございますか?」
「本当の首ではないとも。木でこしらえ、胡粉《ごふん》を塗り、墨や紅で描き、生毛を植えて作った首形なのだよ」
「でも、お姉様、どうしてそんな首形が、いくつもいくつも、お家に?」

不幸な良人の話
「納谷家は、遠い昔から、この土地の武将として続いて来た、由緒のある家なのだよ。だ
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