ったような、美にして気高い少女もあるがね。
 僕は無駄な形容なんか、この際使おうとは思わない。
 僕はただこう云おう。――
「僕は同性恋愛者ではない。しかし実のところその時ばかりは、その少年を見た時ばかりは、忽然としてかなり烈しい、同性恋愛者になってしまった程、その少年は美しく、そうして魅惑的で肉感的だった」と。
 その少年がそれだったのだ。この物語の主人公だったのだ。
 名は? さよう、宋思芳《そうしはん》と云ったよ。
(云う迄もなく後から聞いたんだがね)
 宋思芳は鴉片を煉り出した。
 ところがどうだろう、その煉り方だが、問題にもならず下手なのさ。
 君には当然解るまいと思うが、鴉片の煉り方はむずかしく、上手に煉ると飴のようになるが、下手に煉るとバサバサして、それこそ苔のようになってしまって、鴉片の性質を失ってしまい、そうして煙斗へ詰めることが出来ず、従って喫うことが出来ないのだ。
 少年の煉り方がそうだったのさ。で、幾度煉り直しても、苔のようになってしまったのさ。
 僕は思わず吹き出してしまった。
 僕はまだ鴉片を喫っていなかった。喫うのを忘れてその少年の美と、その美しい少年の、不器用極まる鴉片の煉り方とに、先刻から見入って居ったのさ。
「僕、煉ってあげましょうか」
 とうとう僕はこう云った。
「有難う、どうぞお願いします」
 そう云った少年の声の美しさ、そう云った少年の声の優しさ、又もや僕は恍惚《うっとり》としてしまった。
 僕はそれからその少年のために、鴉片を煉りながら話しかけた。


「これ迄喫ったことはないのですか?」
「鴉片を喫うのは今日がはじめてです」
「なるほどそれでは煉れないはずだ。……がそれなら鴉片なんか喫わない方がいいのですがね」
「こんな大戦争を起こす程にも、みんな喫いたがる鴉片なのですから、私も喫いたいと思いましてね」
「そう、誰もがそう云ったような、誘惑を感じて喫いはじめ、喫ってその味を知ったが最後、みすみす廃人となるのを承知で、死ぬまで喫うのが鴉片ですよ。……全く御国の人達と来ては、鴉片中毒患者ばかりです」
「御国の人? 御国の人ですって? ……では貴郎《あなた》は外人なのですか?」
(しまった!)と僕は思ったよ。
 とうとう化けの皮を現わしてしまった。
 友よ! 僕はね、八年もの間、この支那の国に住んでいるので、言葉も風俗も何も
前へ 次へ
全12ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング