、色の白い鼻の高い、眼のギョロリとした凄味《すごみ》のある坊主、一見すると典医であるが、実は本丸のお数寄屋《すきや》坊主、河内山宗俊《こうちやまそうしゅん》が立っていた。
「おや、これは河内山の旦那で」
 こうはいったが和泉屋次郎吉、たいして嬉しそうな顔もしない。むしろ酸っぱい顔をした。
「どこへ行くな、え、和泉屋」
 黒塗りの足駄で薄雪を踏み、手は両方とも懐中手《ふところで》、大跨《おおまた》にノシノシ近寄って来たが、
「穴ッぱいりか、え、和泉屋、羨ましいな、奢《おご》れ奢れ」
「えッヘッヘッヘッ、どう致しまして。ちょっとそこまで野暮用で」
「冗談だろう、嘘をいえ。野暮用というなりではない。ここは浅草雷門、隅田を越すと両国盛り場。聞いたぞ聞いたぞその両国に、新しい穴を目つけたそうだな。羨ましいな一緒に行こう」
 始末につかない坊主であった。
「それはそうと、オイ和泉屋、近来ちっとも顔を出さないな」
「へえ、ちょっと、稼業の方が……」
「ナニ稼業? そんなものがあるのか」そらっ呆《とぼ》けてやり込めた。
「やりきれねえなあ、魚屋で」
「いや、それなら知ってるよ。だが、そいつあ表向き、お上を偽《あざむ》く手段じゃねえのか」
「とんでもないこと、どう致しまして」次郎吉はいやアな顔をした。
「ほんとに魚を売るのかえ」
「売る段じゃございません」
「塩引きの鮭でも売るのだろう」
「ピンピン生きてるたい[#「たい」に傍点]やこち[#「こち」に傍点]をね」
「おお、そうだったか、それは気の毒。アッハハハ、面白いなあ」
 益※[#二の字点、1−2−22]厭味に出ようとした。
「なにの、俺は、お前の稼業は、こいつだろうと思っていたのさ」壺を振るような手付きをし、
「ソーレどうだ、袁彦道《えんげんどう》!」
「そいつあ道楽でございますよ」
「ふふん、なるほど、道楽だったのか。それはそれはご結構なことじゃ。……それにしても思い切ったものだ。ちっとも賭場《とば》へ顔を出さないな」
「なあにそうでもございませんよ」気がなさそうに笑ったが、「やっぱりチョクチョク出かけているので」
「それにしては逢わないな」
「駆け違うのでございましょうよ」
「ちげえねえ、そうだろう。……だが細川へは行くまいな」こういうと宗俊はニヤリとした。これには意味があるのであった。
 はたして次郎吉は厭な顔をしたが、

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