を撫でたが、にわかにズンと声を落とし、「実はおいらの道楽から行くと、その『見透しの平七』を『玻璃窓の平八』にしたかったのさ。だが、それじゃあんまりだからな。で、平七に負けてやったやつさ」
「おや変ですね、玻璃窓といえば、郡上の旦那じゃありませんか」米八は不思議そうに見返った。
「うん、そうさ、その旦那さ。あけすけにいえばこの芝居はだ、その玻璃窓に見せたいばっかりに、おいら筋立てをしたんだからな」
深い怨みの敵討ち
「その玻璃窓の旦那なら、おとつい観《み》に来たじゃありませんか」
「百も承知だ。待っていたんだからな。そこで早速秀郎の野郎に例の鼓を打たせたのさ。アッハハハ、いい気味だった。あの鼓を聞いた時の玻璃窓の爺《だんな》の顔といったら、今思い出しても腹がよじれる。いいみせしめ[#「みせしめ」に傍点]っていうやつさな」さもおかしいというように、揺《ゆ》り上げ揺り上げ笑ったものである。
米八には意味がわからなかった。
「でもどうして玻璃窓の旦那に、こんどの芝居を見せたいんでしょう?」
「それか、それには訳がある。……ひらったくいうとまずこうだ。彼奴《きゃつ》、としよりの冷水《ひやみず》で、鼓賊を追っかけているんだよ。ところがさすがの名探索も、こんどばかりは荷が勝って、後手ばかり食らっているやつさ。それを俺は知ってるんだ。うん、そうさ、ある理由からな。ところで俺はあの爺《じじい》に五年前から怨みがあるんだ。で、そこで敵討ちよ。つまり彼奴《きゃつ》のトンマぶりを、そっくり芝居に仕組んだあげく、彼奴《きゃつ》の眼の前にブラ下げたって訳さ。胸に堪《こた》える五寸釘! そいつがこれだ。『名人地獄』だ!」
「どんな怨みだか知らないけれど、つまらない事をしたものね」米八は浮かない顔をした。
「それはそうと、ねえお前さん、秀郎さんの鼓賊のつくり、何から何までお前さんじゃないか」
「俺が注文したからよ」次郎吉はそこでニタリとした。
「どうしてだろう? ねえお前さん」
「それも玻璃窓に見せたかったからさ」
「なんだか妾《わたし》にゃあ解らない」きまずそうに眉をひそめ、「とにかく妾にゃあこの芝居は、気になることばかりで面白くないよ」
「それじゃ明日から芸題《げだい》替えだ」次郎吉は煙管《きせる》のホコを払い、「もう玻璃窓に見せたんだから、俺の目的はとげられたってものさ。いつ替
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