々の造船術」
「造船術? これもわかる」
「それから色々の製薬術」
「製薬術? これもわかる」
「大砲の製造、火薬の製造、そういう物もうまかったそうだ」
「恐ろしい奴でございますな」
「学問があって大豪で、それで海賊というのだから、随分ととらえるには手古摺《てこず》ったものだ」
「それはさようでございましょうとも」
「その上神出鬼没と来ている」
「さすがは名誉の海賊で」
「何しろ船が別製だからな」
「自家製造の船なのでしょうな」
「うん、そうだ、だから困ったのさ。……その上、いつも日本ばかりにはいない」
「ははあ、海外を荒らすので」
「支那、朝鮮、南洋諸島……」
「痛快な人間でございますな」
「海賊係りの役人どもも、これには全く手古摺ったものだ」
「それでもとうとう大坂表で、とらえられたそうでございますな」
「大坂の役人めえらいことをしたよ」
「どうやら万事大坂の方が、手っ取り早いようでございますな」
「莫迦《ばか》をいえ、そんなことはない」
 家斉はここで厭な顔をした。
「で、さすがの大海賊も、処刑されたのでございますな」
「ところが」と家斉は声をひそめ、「それがそうでないのだよ」
「それは不思議でございますな」これは碩翁にも意外であった。
「もっとも訴訟の面《おもて》では、処刑されたことになっている」
「では、事実は異いますので」
「きゃつ[#「きゃつ」に傍点]は今でも生きている筈だ」
「とんと合点がいきませんな」
「というのは外でもない。命乞いをした人間がある」
「しかし、さような大海賊を。……」いよいよ碩翁には意外であった。
「いや、さような海賊なればこそ、命乞いをしたのだよ」
「とんと合点がいきませんな」
「とまれきゃつ[#「きゃつ」に傍点]は生きている筈だ」

    文庫から出した秘密状

「恐ろしいことでございますな」
「ただし南洋にいる筈だ。いや、いなければならない筈だ」
「ははあ、南洋にでございますか」
「国内に置いては危険だからな」
「申すまでもございません」
「しかるにきゃつめ、最近に至って、日本へ帰って来たらしい」
「どうしてお解りでございますな」
「赤い格子に黒い船……こういう唄がはやっているからよ。……それにこの頃犬吠付近で、よく荷船が襲われるそうだ」
「それは事実でございます」
「だから、俺は、そう睨んだのさ」
「こまったことでござい
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