ざる。お願いと申すはここのこと、何んと助太刀してくださるまいか。侠気あるご仁と見受けましたれば、折り入ってお願い致すのでござる」
「ははあ、なるほど、よくわかってござる」
銀之丞は腕をくんだ。「さてこれはどうしたものだ。自分は能役者で剣客ではない。それに当分剣の方は、封じることにきめている。それに見たところこの老人、善人とはいうがアテにはならぬ。その上相手の市之丞というは、小太刀の名人だということである。うかうか助太刀して切られでもしたら、莫迦《ばか》を見る上に外聞も悪い。これは一層断わった方がいいな。……だが両刀を手挾《たばさ》む身分だ、見込んで頼むといわれては、どうも没義道《もぎどう》に突っ放すことは出来ぬ。どうもこれは困ったぞ。……いや待てよ、この老人には、美しい娘があった筈だ。こんなことから親しくなり、恋でもうまく醸《かも》されようものなら、こいつとんだ儲けものだ。といって誘惑するのではないが、だが美人と話すのは、決して悪いものではない。第一生活に退屈しない。よしきた、一番ひき受けてやれ」
そこで彼は元気よくいった。
「よろしゅうござる、助太刀しましょう」
厳重を極めた邸の様子
「もうこうなりゃア謡なんか、どうなろうとままのかわ[#「ままのかわ」に傍点]だ。面白いのは恋愛だ! 恋よ恋よ何んて素敵だ!」
これが銀之丞の心境であった。
つまり彼は九郎右衛門の娘、お艶《つや》というのと恋仲になり、楽しい身の上となったのであった。
だがしかし恋の描写は、もう少し後に譲ることにしよう。
助太刀の依頼に応じてからの、観世銀之丞というものは、九郎右衛門の別荘へ、夜昼となく詰めかけた。
彼の眼に映った別荘は、まことに奇妙なものであった。まずその構造からいう時はきわめて斬新奇異なもので、宅地の真ん中と思われる辺に、平屋造りの建物があった。一番広大な建物で、城でいうと本丸であった。ここには九郎右衛門の肉親と、その護衛者とが住んでいた。その建物の真ん中に、一つの大きな部屋があった。九郎右衛門の居間であった。あらゆる珍奇な器具類が、隙間もなく飾ってあった。すなわち過ぐる夜偶然のことから、銀之丞がこの家を訪れた時、呼び込まれたところの部屋であった。その部屋は四方厚い壁で、襖や障子は一本もなく、壁の四隅に扉を持った、四つの出入り口が出来ていた。そうして四つの
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