、あるが上にもなお蓄《た》めた。それだのに一人藤九郎ばかりは、無考《むかんが》えにも使い果たしてしまった。そうして恐ろしく貧乏して貧乏の中に死んでしまった。それを伜の市之丞めが、何をどこから聞き込んだものか、俺だけ一人余分に取ったの、藤九郎を殺したのは俺だのと、それこそ途方もないいいがかりをつけ、あげくのはてには強迫して俺から財産を取ろうとする! 莫迦な話だ、とんでもないことだ! ……ところで俺の財産だが、大部分この部屋に集めてある。いやこれで一切だ。この外には一文もない。金につもったら大したものだ。五万や八万はあるだろう。で俺はこの中《うち》を、半分だけお前達にくれてやろう。勿体ないが仕方がない。昔の仲間の伜のことだ、貧乏させても置けないからな。……俺のいうことはこれで終えた。代理のお前ではわかるまい。帰って市之丞にいうがいい。そうして急いで返答しろ。どうだ、不足はあるまいがな。……や! 貴様どうしたんだ! 何をぼんやりしているんだ! おや、こいつめが、聞いていないな! いったい貴様は何者だ!」
 老人は突然怒号した。ようやく相手の若者が、怪しいものに見えて来たらしい。
「おれは観世銀之丞だ。おれは江戸の能役者だ」
 銀之丞はひややかにいった。老人の話しでその老人が、善人ではないということを、早くも直感したからであった。「気の毒だが人違いだ」
「ナニ観世だと? 能役者だと?」
 見る見る老人の眼の中へ、凄まじい殺気が現われた。つとその手が毛皮の上の、短銃の方へ延びて行った。
「では貴様は、あいつらではないのか? 市之丞の代理ではなかったのか?」
「その市之丞とかいう男、見たこともなければ聞いたこともない」
「しかし、しかし、それにしても、どうしてここへはいって来た?」
「それはもうさっきいった筈だ。小門が開いていたからよ」
「だが、指定した、こんな時刻に……」
「俺の知ったことではない。恐らくそれは暗合だろう」
「では、いよいよ人違いだな!」
「うん、そうだ、気の毒ながら」
「それだのに貴様は俺の話しを、黙ってしまいまで聞いてしまったな!」
「むやみとお前が話すからよ。俺は幾度もとめた筈だ」
「ふうむ、なるほど」と呻くようにいうと、九郎右衛門は眼を据えた。短銃を持った右の手がソロリソロリと上へ上がった。
「では、貴様は、生かしては帰せぬ!」
「そうか」と銀之丞は冷
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