の室《へや》と枝折戸《しおりど》との、真ん中に置くのが本格なのだ」
「どういう訳でございましょう?」
「門の外から室の様子を、見られまいための防禦物《ぼうぎょぶつ》だからで、横へ逸《そ》れては目的に合わぬ。ところがこれは逸れている。室の様子がまる見えだ」
「そういえばまる見えでございますね」
お品はすっかり感心して、銀之丞の話に耳傾けた。
それが銀之丞には面白かった。もちろん彼の説などは、拠《よ》りどころのない駄法螺《だぼら》なので、それをいかにももっともらしく、真顔《まがお》を作って話すというのは、どうやらお品に弱点を握られ、今にもそこへさわられそうなのが、気恥ずかしく思われたからであった。つまりいい加減の出鱈目《でたらめ》をいって、話を逸《そ》らそうとするのであった。
「だから」と銀之丞はいよいよ真面目《まじめ》に、「もしもここに敵があって、この部屋の主人を討とうとして、あの枝折戸の向こうから、鉄砲か矢を放したとしたら、ここの主人はひとたまりもなく、討たれてしまうに相違ない。すなわち防禦物の石燈籠が、横へ逸れているからだ」
「ほんにさようでございますね」
「しかるによって……」
といよいよ図に乗り、喋舌《しゃべ》り続けようとした銀之丞は、にわかにこの時「あッ」と叫び、グイと右手を宙へ上げた。間髪を入れずとんで来たのは、紙を巻いたいしつぶて! さすがは武道にも勝れた彼、危いところで受けとめた。
「あれ」
と驚くお品を制し、銀之丞は紙をクルクルと解いた。
と、紙面にはただ一字「あ」という文字が記されてあった。
刎《は》ね橋と開けられた小門
その翌日のことであったが、銀之丞が一人野をあるいていると、どこからともなくいしつぶてが、例のように飛んで来た。受け取って見ると紙が巻いてあった。そうして紙にはただ一字「い」という文字が書いてあった。
最初のつぶてには「あ」と書いてあり、次のつぶてには「い」と書いてあった。二つ合わせると「あい」であった。「ハテ『あい』とはなんだろう?」思案せざるを得なかった。「これを漢字に当て嵌《は》めると『鮎《あい》』ともなれば『哀《あい》』ともなる。『間《あい》』ともなれば『挨《あい》』ともなる。そうかと思うと『靉《あい》』ともなる。いずれ何かの暗号ではあろうが、さて何んの暗号だろう? そうしていったい何者が、こんな悪
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