三寸」
「それじゃ早く云えばいいに」
「お前をちょっと験《ため》したところよ。おい、風呂敷《ふろしき》を解いてくんな、誂《あつら》え物を見てえからの」
「合点《がってん》」
と云いながら権九郎は城下からここまで背負って来た包み物を解き出した。
美しい塗《ぬ》り下駄《げた》、博多の帯、縮緬《ちりめん》の衣裳、綸子《りんず》の長襦袢、銀の平打ち、珊瑚《さんご》の前飾り、高価の品物が数々出る。
「男が見てさえ悪かあねえ。若い女に見せようものなら、それこそ飛びついて来るだろう」
「ははあ、それじゃその獲物《えもの》で、ワナへ落とそうと云うのだな」――権九郎は唇を嘗《な》める。
「坊さんの説教と俺の術とどっちが娘っ子によく利くか、験して見るのも悪かあねえ、何んと権九そうじゃねえか」
一四
焚火はどんどん景気よく燃える、小屋の中は暖かい。
畳なら十枚は敷けるであろう、一間しかない小屋の中には、味噌桶《みそおけ》、米俵、酒の瓶《かめ》、塩鮭の切肉《きりみ》、醤油《しょうゆ》桶、帚《ほうき》、埃《ちり》取り、油壺《あぶらつぼ》、綿だの布だの糸や針やで室一杯に取り乱してあり、弓だの鉄砲だの匕首《あいくち》だの、こうした物まで隠されてあるが、すべてこれらは売品であって、すなわち山上の窩人《かじん》部落へ高価に売り込む品物であった。
「さて」
と権九郎は舌なめずりをし、茶碗の酒をグッと干したが、
「女の話はそれで打ち止めか、金の話はどうなんだい?」
「こいつあちょっと話せねえの。計画|半《なか》ばと云うところさ」
「へ、云ってるぜ、ちゃらっぽこ[#「ちゃらっぽこ」に傍点]を、その計画が怪しいものさ」
「おやおや変梃《へんてこ》に疑ぐるね。まあ精々《せいぜい》かんぐる[#「かんぐる」に傍点]がいい。今にアッと云わせてやらあ」
「まあそう云わずと聞かせてくんな、一人占めは阿漕《あこぎ》でやす」
「へ、またお決まりの芝居もどきか。うん一人占めと云われちゃ俺も何んだか気持ちが悪い。よしきたそれじゃ明かしてやろう、まず金高から聞かせようかの」
「千両かな? 二千両かな?」
「千や二千の端《はし》た金で何んの大騒ぎするものか」
「うわあ、大きく出やがったぞ」
「俺の睨みがはずれなけりゃ小判で数えて一万両か」
「何、一万? 正気の沙汰かな?」
「なんと吃驚《びっく》り仰天かな?」
「そうしてそりゃあどこにあるのだ?」
「鼓《つづみ》ヶ|洞《ほら》の絶壁の上に」
「ふうん、それじゃ窩人部落か?」
「天狗の宮の内陣にな。……そこに大きな木像がある。身の長《たけ》二丈で鎗《やり》を持っている。……宗介天狗の木像よ。……つまり彼奴《きゃつ》らの守り本尊だ」
「それがいったいどうしたんだい?」
「木像は甲冑《かっちゅう》を着ているのよ」
「それは大きに勇ましいことで」
「その甲冑が一万両だ!」
「どうも俺にゃ解らねえ」
「甲《かぶと》も冑《よろい》も黄金細工よ、小判に鋳直《いなお》せばまず一万だ」
「……が、どうして盗む気だな? まさか部落も通れめえ」
すると多四郎はひょいと[#「ひょいと」に傍点]立ったが、そこに置いてある松明《たいまつ》を取ると焚火へくべ[#「くべ」に傍点]て火を移した。
「おお権九、ちょっと来ねえ、胆《きも》の潰《つぶ》れるものを見せてやろう」
先に立って小屋を出た。
で、権九郎も続いて出る。
戸外の雪は松明に照らされボッとそこだけ桃色に明るみ凄愴《せいそう》として美しい。
多四郎は雪を踏み砕き絶壁の方へ歩いて行ったが、急に立ち止まって振り返った。
「おお権九、ここを見るがいい」
云いながら松明を差し付けた。
氷雪に蔽《おお》われた絶壁の面に明瞭《はっき》りそれとは解らないけれど、どうやら鑿《のみ》ででも掘ったらしい一筋の道が付いている。絶壁を斜めに上の方へ向け階段型に付いている。
「ううむ」
と権九郎は唸り出した。この根気強い丹念仕事にすっかり感心したのであった。
「どうだ」と多四郎は気負った声で、「これでも俺を馬鹿にするか。……これは俺が拵《こしら》えた道だ。おおかた半年もかかったろう。天狗の宮の真後《まうし》ろまでこの崖道《がけみち》は続いている。いや随分苦労したよ。もうここまでやりとげれば後は的物《てきもの》を盗むだけだ」
「一言もねえ、感心した。そうだここまで捗《はか》が行けば後は的物を盗むだけだ」
「名に負うそいつが重いと来ている」
「一万両の金目だからの」
「ところで俺は蒲柳《ほりゅう》の質《たち》だ」
「いや飛んだ銀流しよ」
「そこでお前を見立てたのよ」
「これじゃまるで据え膳だ、出来上がったところでさあ一口か」
「厭か」
「何んの」
「では承知か」
「是非片棒かつぎやしょう」
ドッと
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