たし》がくどく[#「くどく」に傍点]あのような事をお尋ねしたからでございますか? ……もう妾はお父様のことは何んにもお尋ね致しませぬ。どうぞお許しくださいまし」
 隣りの部屋へ歩きながら、
「妾はこれからはただ一人で考えることに致しましょう。お休みなさりませお姉様。夜はまだ早いのではございますが、妾は悲しくなりましたゆえ、いつものように夜の床の上でご本を読むことに致します。お休みなさりませお姉様」
 彼女の立ち去ったその後は遠くから聞こえる祈祷の声ばかりが寂《さび》しい部屋をいよいよ寂しくいよいよ味気なく領《りょう》している。
 ふと[#「ふと」に傍点]柵は顔を上げたがその眼には涙が溢れている。
「可哀そうな久田姫や、お前は何一つこの妾《わたし》に詫びることはないのだよ。妾こそお前に詫びねばならぬ。可哀そうなお前の身の上は妾の淫《みだ》らな穢《けが》れた血で醜《みにく》く彩《いろど》られているのだからねえ」
 彼女はよろよろと立ち上がり画像の前まで行ったかと思うと二幅の画像を交互《かわるがわる》に眺め、
「ほんとに姫が云ったように何んとマアこの二人の人は悲しそうな顔をしているのであろう。云えば恥となり云わねば怨《うら》みとなる。そう云ったような深い秘密をじっと噛みしめているようだ。けれど妾にはその秘密がどのようなものだか解っている。それが解っているために妾の声はお祈祷《いのり》に顫《ふる》え妾の眼は涙に濡れ……そうして妾の生涯は……」
 その時一人の老人が影のように部屋の中へはいって来た。乱れた白髪|穢《よご》れた布衣《ほい》、永い辛苦《しんく》を想わせるような深い皺《しわ》と弱々しい眼、歩き方さえ力がない。
「お姫様《ひいさま》」と老人は声を掛けた。深みのある濁った声である。
「おお、お前は島太夫……何か妾にご用なの?」
「もうお休みでござりますか?」
「お祈祷《いのり》も済んだし懺悔《ざんげ》もしたし今日のお勤行《つとめ》はつとめてしまったからそろそろ妾は寝ようかと思うよ」
「それがよろしゅうござります。不吉の晩はなるだけ早くお休み遊ばすに限ります」
「え、不吉の晩というのは?」
 老人は窓を指さしたが、
「ご覧あそばせ闇の湖に一つ点《とも》された赤い灯を……」
 云われて柵《しがらみ》はスルスルと窓の方へ寄って行った。後から老人もつづきながら、
「十四年前のあ
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