の話を聞いた。毒蛇を盗まれたと云っていた。はてな[#「はてな」に傍点]と俺は考えた。考えながら根岸へ行った。と、白粉が引かれてあった。口笛のような音がして、紐《ひも》のようなものが走って来た。そこで初めて感附いたものさ……エロキロスは、茴香剤を嗅がされると、喜びの余り音を立てる、一種歓喜の声なのだ……つまり三人の悪党どもは、森家から内藤家の寝所まで、茴香剤の線を引き、その上をエロキロスを走らせて、若殿を咬ませたのさ……ところで毒蛇エロキロスは、一度|丹砂剤《たんしゃざい》を嗅がされると、発狂をして死んでしまう。それを私《わし》は利用した。で昨夜根岸へ行った。すると白粉が引いてあった。そこで俺はその一所《ひとところ》へ、丹砂剤をうんと振り撒いたものさ。案の定エロキロスは走って来たが、そこまで来ると発狂し、元来た方へ引き返して行った」
「いかにもさようでございました。馳せ返って来た毒蛇は、帯刀様へ食い付きました」葉之助は頷いた。
「帯刀様の刃《やいば》で、紋兵衛も殺されたということだな」
「まずさようでございます。だが本来帯刀様は、私を切ろうとなすったので。それを私が素早く紋兵衛を盾に取ったので、いわば私が殺したようなもので」
「それはそうと葉之助殿、貴殿の幼名は猪太郎という、どうやら窩人の血統を受け継いでいるように思われる。母は、窩人の長《おさ》の杉右衛門の娘、山吹であったということだ。父は里の者で、多四郎という若者だそうだ……そのうち窩人と逢うこともあろう、よく聞き訊《ただ》してご覧なされ。これも一昨夜浅草で、山男、すなわち窩人どもから、偶然聞いた話でござるよ」
「母は山吹、父は多四郎、そうして私の幼名が、猪太郎というのでございますな? そうして八ヶ嶽の窩人の血統? ううむ」と葉之助は腕を組んだ。
二九
翌日鏡葉之助は、蘭医大槻玄卿の、悪逆非道の振る舞いにつき、ひそかに有司《ゆうし》へ具陳《ぐちん》した。
その結果町奉行の手入れとなり、玄卿邸の茴香畑は、人足の手によって掘り返された。はたして幾人かの男女の死骸が、土の下から現われた。で玄卿は召し捕られ、間もなく磔刑《はりつけ》に処せられた。
だが邪教水狐族の、秘密の道場へつづいていた、地下の長い横穴については、事実大槻玄卿も、知っていなかったということである。では恐らくその穴は、ずっと昔の
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