法師様を縛《から》め取るための相談なのでございましょうよ」
「あっちへ行っても白法師こっちへ来ても白法師。どうやらお山は白法師のために荒らされているようでございますなあ」
 諂《へつら》うように微笑したが、
「私のためには結句《けっく》幸い。何んとそうではございませぬかな」彼はそろそろと手を延ばして山吹の方へ近寄って行く。
「それはまた何故でございますの」
「だってそうではございませんか。こうしてたった二人きりで差し向かっていることの出来ますのもその白法師様のお蔭ですからな」
 云いながら素早く山吹の手をギュッと握ったが、そこは初心《うぶ》の娘である。「あれ!」と仰山《ぎょうさん》な金切り声を上げ握られた手を振り解《ほど》いた。
「エヘヘヘヘ」
 と笑ったものの多四郎は少なからずテレたものか、テレ隠しに盆の上の栗を摘《つま》んだ。
「ほほう大きな栗ですなあ」わざとらしく眼を見張る。
「よかったらお食《あが》りなさりませ」笑止らしく山吹はこう云った。「余り物ではございますけれど」
「へ、余り物とおっしゃると?」
「あの、お客がありましたのよ」
「あなた一人の所へね?」もう嫉妬《しっと》からの詮索《せんさく》をする。
「ええ心やすい人ですもの。岩さんという方ですわ」
 彼女は無邪気《むじゃき》に云うのであった。
「妾《わたし》の従姉兄《いとこ》に当たりますの」
「それじゃ部落の人ですね」さも嘲《あざ》けった様子をして、
「へ、熊猪《くまじし》のお仲間か! ところで先日の話の続きを今日はお話ししましょうかな」
「どうぞ」
 と山吹は乗り出して来たがもうその眼は恍惚《うっと》りとなり胸をワクワクさせているらしい。
「それジワジワとおいでなすったぞ。この大江戸の話ばかりが資金《もとで》いらずの資金というものさ。田舎《いなか》の女を誑《たら》すにはこれに上越《うえこ》すものはないて」
 ――多四郎はこんなことを思いながら上唇をペロリとなめ、
「……何が美しいと云ったところで江戸の祭礼《まつり》に敵《かな》うものはまず他にはありませんな。揃いの衣裳。山車《だし》屋台。芸妓《げいしゃ》の手古舞《てこま》い。笛太鼓。ワイショワイショワイショワイショと樽《たる》天神を担《かつ》ぎ廻ります。それはたいした[#「たいした」に傍点]景気でさあね。……大名行列もふんだん[#「ふんだん」に傍点]
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