《せいきゅう》の睫※[#「女+予」、第3水準1−15−77]《はんにょ》を想わせる。
幼い妹の久田姫がこのお部屋も嫌いですのと姉に訴えたのはもっともであった。館造《やかたづく》りの古城の一室、昔は華やかでもあったろう。今は凄《すさま》じく荒れ果てて器具も調度も頽然《たいぜん》と古び御簾《みす》も襖《ふすま》も引きちぎれ部屋に不似合いの塗りごめの龕《がん》に二体立たせ給う基督《キリスト》とマリヤが呼吸《いきづ》く気勢に折々光り、それと向かい合った床の間に武士を描いた二幅の画像が活けるがように掛けてあるのが装飾《かざり》といえば装飾である。
久田姫は立ち上がった。静かに画像の前へ行き二人の武士を見比べたが、
「ねえお姉様、何故このお二人は、こうも恐ろしいお顔をして向かい合っているのでございましょう。お互いの眼から毒でも吹き出しお互いの眼を潰《つぶ》し合おうとして睨《にら》み合っているようではございませぬか。そうかと思うとお互いの口は古い城趾《しろあと》にたった二つだけ取り残された門のように固く鎖《と》ざされておりますのねえ。……深い秘密を持っていながらそれを誰にも明かすまいとして苦しんでいるように見えますこと」
柵《しがらみ》は几帳《きちょう》を押しやってふと[#「ふと」に傍点]立ち上がる気勢を見せたが、
「ほんとにお前の云う通りその画像のお二人は不思議なお顔をしているのねえ」
「お姉様」と云いながら久田姫はつと[#「つと」に傍点]近寄り柵の膝《ひざ》へ手を置いたが、「この画像のお二人のうちどちらか一人|妾《わたし》のお父様に似ておいでになるのではございますまいか?」
「それこそ妄想というものですよ」柵はこうは云ったものの、その声は際立って顫《ふる》えている。
「お前はいつぞや[#「いつぞや」に傍点]も画像を見て同じような事を云ったのねえ。……ああお前のその妄想がどんなに妾を苦しめるでしょう……いいえお前のお父様はどちらにも似てはおいでなさらないのですよ」妹の顔をつくづく見守り重い溜息《ためいき》をそっと吐いたが、「……お前がこの世に産まれた時――もう十四年の昔になる――お前のお父様とお母様とはこのお城からお出ましになり諏訪《すわ》の湖水の波を分け行衛《ゆくえ》知れずにおなりなされたのだよ」
「いいえ妾には信じられませぬ」久田姫は遮《さえぎ》った。「信じられないの
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