つ笑いましたが、
「これ集まったやくざ[#「やくざ」に傍点]者共、何を馬鹿顔を為て居るぞ。いつもの芸当を見たいそうな。……ところが左様は問屋で卸さぬ。碌な見料も置いていかずに面白い芸当を見ようとするのは取も直さず泥棒根性。眼保養の遣らずぶったくり[#「ぶったくり」に傍点]だ。そういう奴は出世せんぞ。まごまごすると牢屋へ入れられる」
 斯う大口を叩いたものです。
 しかし集まった見物人が別に怒りもしないところを見ると斯ういう調子には慣れているのでしょう。中には老人の其悪口が面白いとでもいうように笑っている者さえありました。
 軈て老人は立ち上がると側に在った縄を取り上げてピューッと高く空に投げ上げ落ちて来る所を右手で受け其儘クルクルと輪に曲げましたが、
「それ、よいか、驚くなよ」
 斯う云い乍ら岩の上へ置くと、何んと不思議ではありませんか、その縄が一匹の蛇と成ってヌッと鎌首を持ち上げたものです。
「ワッ」
 と見物は叫び乍ら逃げる。それを冷かに見遣り乍ら、
「これこれ見物逃げるには当らぬ。蛇では無い是は縄だ」
 云い乍ら老人は手を延ばしひょい[#「ひょい」に傍点]と其蛇を取り上げると見るやツツーと一つ扱きましたが、成程夫れは蛇では無くて三尺ばかりの古縄でした。
「ワッハッハッ」
 と老人は笑う。見物は安心して寄って来る。次なる芸当が始りました。
「エイ」
 と鋭い気合と共に老人は古縄を復《また》扱きましたが夫れを右の掌へ立てると一本の樫の棒となりました。
「延びろよ延びろよ、延びろよ延びろよ!」
 恰も歌でも唄う様に老人は大声で云うのでした。と、是は又何たる奇怪! 三尺ばかりの樫の棒が其老人の声に連れてズンズンズンズンズンズンと蒼々と晴れた早春の空へ延びて行くではありませんか。
 空の一所に雲がある。その雲の中へ棒の先は軈て這入って行きました。
「さて」
 と老人は笑い乍ら見物をジロジロ見渡しましたが
「もう徐々金を投げても宜かろう。容易に見られぬ芸当じゃ。何をニヤニヤ笑っているのだ。一文無しの空尻かな。只匁で見るつもりかな。そいつは何うも謝るの。……それとも芸当が気に入らぬか? よしよし夫れでは最う一息アッという所を見せてやろう。それで今日はお終いだ。もし芸当が気に入ったら幾何でもよい金を投げろよ。俺も大道芸人じゃ。只見されたでは冥利に尽きる」
 斯う云い乍ら老人は
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