々々。よし今度は俺の番だ」香具師は矢庭に大声を上げた。「城の方々お出合いなされ、大盗雲切仁左衛門が、大岡越前守に姿を変え、ご金蔵の金を奪おうと、お城へ入り込んでございますぞ!」
足踏の音、襖を開ける音、股立をとり襷がけ、おっ取り刀の数十人の武士が、今度こそムラムラと現れた。
「雲切仁左衛門、神妙にしろ」
越前守を取り巻いた。
「ええ、オイ、雲切、どうだどうだ!」
香具師は愉快そうに笑い出した。
「俺の威光はこんなものさ。鶴の一声利目があるなあ。だが貴様には不思議だろう。俺の素性が解るめえ。……貴様も年貢の納め時、首を切られて地獄へ行き、閻魔《えんま》の庁へ出た時に、誰に手あて[#「あて」に傍点]になったかと聞かれて返辞が出来なかったら、悪党冥利面白くあるめえ。よし、それでは知らせてやろう!」
片手でツルリと顔を撫でた。と、温室の老人がツルリと顔を撫でた為め、顔が一変したように、香具師の顔も一変した。燐のように光る切長の眼、楔形をした鋭い鼻、貝蓋のような[#「ような」は底本では「やうな」と誤記]薄い唇、精悍無比の若者の顔が、お道化た香具師の顔の代りに、其処へ新たに産れたのであった。
「面ァ見てくれ、雲切仁左衛門!」
「おっ!」
と云うと睨み上げた。
「や、貴様は大岡越前の……」
「四天王の随一人……」
「ううむ、石子伴作だったか!」
「胆が潰れたか、笑止だなあ!」
「だが大凧を空へ上げ、天主の鯱を狙ったは?」
「何んの鯱を狙うものか、只鱗を調べた迄よ」
「ナニ、鱗を? 何んのために?」
「ついでに云って聞かせてやろう。……大納言様は大腹中、金銀を湯水にお使いなさる。由緒ある金の鯱の、鱗をさえもお剥がしになりお使いなさるという噂、江戸へ聞えて大評判、そこで実否を確かめようと、主人の命で名古屋へ下り、いろいろつまらねえ[#「つまらねえ」に傍点]細工をして、この城内へ入り込んだ迄さアッハッハッ、これで解ったろう!」
石子伴作は大きく笑った。
大岡越前守と雲切とが、よく似た容貌を持っていたことは、「緑林黒白」という盗賊篇に、簡単ではあるが記されてある。それを利用して雲切が、越前守の名を騙り、名古屋へこっそり這入り込み、部下の一人を花作りとし、城中の人々を無気力にするため、まず阿片を進めて置いて、それから城中へ堂々と入り、金蔵を破ろうとしたことも、同く、「緑林黒
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