ご[#「むご」に傍点]たらしくも川に流し、ご自身方は今に繁昌、なんのお咎もなきご様子、殿!」と云うと今度は藤兵衛スルスルスルスルと下ったが、額を畳へ押し付けてしまった。


 畳へ押し付けた額を上げると、藤兵衛云い出したものである。
「長兵衛は男にございます。それに反して、水野様は、卑怯なお侍にござります」
 グッとばかりに唾を呑んだが、
「天下のお政治と申すものは、公平をもって第一とする、かよう承《うけたま》わって居りましたところ男の長兵衛が犬死をし、卑怯者の水野殿は、お咎なし! 伊豆守様!」
 凄まじい眼、臆せず伊豆守を睨みつけた。
「御身ご老中でおわしながら、それでよろしゅうござりましょうか! さあご返答! お聞かせ下され!」
 なんと云う大胆、なんという覇気、将軍の面前老中を前にこれだけのことを云ったのである。
「うむ」とは云ったが伊豆守、なんと返答したものか当惑したように黙ってしまった。
 と、その時一人の近習、伊豆守の側へ進み寄ったが何やら伊豆守へ囁いたらしい。
「は」と言うと伊豆守、一つ頷くと微笑した。
「藤兵衛」と呼んだが愛嬌がよい。
「町奴の勇ましい心意気、上様にも
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