げんじょ》である。
森右近丸《もりうこんまる》に追いかけられ、処女造庭境まで逃げて来て、処女造庭境の人達に、捉えられて縛られてしまったのである。
ところで今はいつかというに、民弥が南蛮寺へ入り込んだ、そのおんなじ夜なのである。
「いつ迄縛って置くのだろう。どうにもこうにもやりきれないなあ」こう云ったのは猪右衛門。
「ほんとにほんとにどうする気だろう」こう云ったのは玄女である。
「とうとう人形も取られてしまった」
「犬さんが骨を折りまして、鷹さんに取られたというものさ」
「取った鷹さんはよかろうが、取られた犬さんはつまらない」
「その犬さんが私達さ」
「酷《ひど》い目にこそ逢いにけり」
「もっと酷い目に逢うかもしれない」
「もうこれ以上は御免だよ」
「どだいお前が悪いのだよ」玄女が猪右衛門をやっつけた。
「ううんお前がよくないのさ」
「ナーニお前がよくないのさ、と云うのは道草を食っていたからさ、人形を盗んだら大急ぎで、飛び帰ってくればよかったのに」
「と云うことが云えるなら、俺の方にだって云分《いいぶん》はある。人形はお前へ渡したはずだ、あの時サッサと逃げ帰ったら、こんな不態《ぶざま》には逢わなかったはずだ」
「何だか知らないがお前が悪い!」
「何だか知らないがお前が悪い!」
「いいえさ、お前だ!」
「何のお前だ!」
人間が逆境に落ち込むと、仲好し迄が喧嘩をする。例えに洩れずというのでもあろう、玄女と猪右衛門とは争い出した。
やがて二人は掴み合いをはじめ、互いに咽喉を締め合った。そうして二人ながら死んでしまった。
ところがこの頃社務所の中の、燈火《ともしび》の明るい部屋の一つで、三人の男女が話し合っていた。
唐姫と右近丸と浮木である。
「……と云うわけでございまして、民弥殿を目付けはしましたが、惜しいところで茨組共に、奪い去られましてございます。使命をお果しすることが出来ず、何とも申しわけござりませぬが、事情が事情ゆえ特別を以て、何卒お許し下さいますよう。……それはそれとして民弥殿は、お可哀そうにも茨組共に、連れて行かれたのでございます。ところで茨組と来た日には、ご存知の通りのあばれもの[#「あばれもの」に傍点]。で、民弥殿のお身の上、心元のう存ぜられます。と云ってはたして茨組共は、どこに根城を構えていて、どこへ民弥殿を連れて行ったものやら、これさえ今のところ一向わからず、いよいよ心元のうございます」
こう云ったのは浮木である。
民弥を探して探しそこなった、その事情を話しているのである。
「困ったことになりましたねえ」
こう云ったのは唐姫で、チラリと右近丸の顔を見た。
右近丸は黙ってうつ向いている。その顔色は蒼白い。頬が痙攣を起こしている。感動をしている証拠である。民弥が賊に奪われたと、そう聞いたので心配し、それが痙攣を起こしたのであろう。
部屋の中は清らかである、だがたくさんの武器がある。鉄砲、刀、槍、弓矢、……紙燭《ししょく》の光に照らされて、その一所はキラキラと輝き、一所は陰影《かげ》をつけている。
三人しばらくは無言であった。
で、部屋の中は静かであった。
31[#「31」は縦中横]
だが唐姫《からひめ》が口をひらき、次のようなことを云い出したためその静けさは破られた。
「茨組と云う賊共は、父の旧家臣にございます。その頭の名は星影左門《ほしかげさもん》、以前から妾《わたくし》を妻にしようと、狙っていたものにございます。で、左門の目的は、民弥《たみや》殿でなくてこの妾《わたし》。で、民弥殿の御身上は、まず大丈夫と思われます。それはそれとして唐寺の謎は、半分解くことは出来ましたが、後の半分は解けませぬ。そこで貴郎《あなた》様にお願い致します。山を下り京都《みやこ》へ行き、南蛮寺へおいでになり、多聞兵衛殿の死骸を掘り出し、その左右の胸を調べ、唐寺の謎をお解き下さいまし」
そこで右近丸は立ち上ったが、そのまま社務所から外へ出た。
月のあきらかな山路を、京都の方へ下って行く。
案内役は銅兵衛である。松火を持って先へ立った。
造庭境の出口へ来た。
「これでお別れいたしましょう」
「ご苦労でござった。では御免」
一人となった右近丸は、京都の方へ下って行く。
「酷《ひど》い目に逢えば逢ったものだ」心の中で考えた。「処女造庭境の連中まで、唐寺の謎を解こうものと、苦心していたとは知らなかったよ」
いろいろのことを思い出した。
玄女と猪右衛門とを追っかけて、処女造庭境へ入り込んだこと、そこの住民に捉えられたこと、今日迄監禁されたこと、しかし優待されたこと、玄女や猪右衛門の手許から、処女造庭境の連中が、例の人形を奪ったこと、そこで自分が申し出て、人形の眼を押させたこと、すると人形が叫んだこと、
「唐
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