んだ手拭を捕るとヌッと露出《むきだ》された変面異相、少し詳しく説明すれば、まずその眼は釣り上ってちょうど狐の眼のようであり、その鼻はひしゃげ[#「ひしゃげ」に傍点]て神楽獅子を想わせ、口は大きく横へ裂けて欠けた前歯がまばらに見える。夜眼にもクッキリ顔色は……白くはなくて黒いのだ。四尺足らずの小兵ではあり、全体が不具奇形である。
「へへへへ」と笑う声はどんよりと濁って不愉快を極め聞く人をしてゾッとさせる。いわゆる先天的犯罪面でその残忍酷薄さは一見しただけで想像される。
「無礼者!」と乃信姫はキリリと柳眉を上げたものである。

与力軍十郎逆捻を喰わす
 乃信姫の声に侍ども、バラバラとここへ集まって来たが、
「ここにいるここにいる! それ召し捕れ!」
「えい!」「や!」と槍や棒。四方八方から打ち込んで来るのを、ハッハッパッと手を挙げて払い、掛け声もなく宙に飛ぶと高塀の上へ突っ立った。
「えへへへ、お姫様! いずれまたお目にかかりやしょう。……いとし[#「いとし」に傍点]可愛いと締めて寝し……ちゃアんと浄瑠璃にもございやす。そんなことがねえとも限らねえ。後の証拠にこの金簪《きんかん》、飛び上った拍子にちょっと抜き、肌身放さず持って居りやす。また逢うまでさらばさらば」
 とんと向こうへ飛び下りた。
「それ!」と云うので侍共、裏木戸を開けて後を追う。
 遥かむこうに一人の人影宙を舞うように走って行く。
「あれ追え!」とばかり侍共、これも宙を走ったが、どうしてどうして追い付けそうもない。
 一つの辻を曲ったとたん、
「かかる深夜に周章《あわただ》しい! 大勢走ってどこへおいでなさる!」
 たちまち行手を遮られた。見れば様子でそれと知れる市中見廻りの与力が一人部下の目明五六人を連れ、悠然として立っていた。
「おおこれは与力衆か。我等は細川の家中でござるが、二本榎の下邸にただ今盗賊忍び入ったれば……」
「ははあ賊が入りましたかな」
 与力中條軍十郎はちょっとその眼を光らせた。
「左様、盗賊忍び入ったれば、直ちに見付け狩り出し、ここまで追っかけ参ったる所……」
「どの方面へ逃げましたかな?」
「辻を曲ってこの方面へ」
「これは不思議、この方面からは、たった今拙者参ってござるが……」
「盗賊お見掛けなされなかったかな?」
「いかにも左様なもの見掛けませぬ」
「人一人にもお逢いなされぬ?」
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