ぞ」
独り言を云いながら考え出した。
すると、その時扉をあけて、スッと入って来た女があった。
「大変な芝居をなさいましたねえ」
女役者の扇女《せんじょ》である。
「ほほうお前か、見ていたか。舞台の芝居より凄かろう」
「血糊と異って流されたは、本当の血でございましたからね」
「どうだ扇女、物は相談、凄味に惚れちゃアくれまいかな」
「そうですねえ、考えましょうよ、一つじっくり[#「じっくり」に傍点]と考えましょうよ」
「そのじっくり[#「じっくり」に傍点]だが、気に入らないな。それにさ恋というものは、考えてやらかすものではない。と、こんなように思うがの。大概考えている中に、恋というものは逃げてしまう」
「逃げてしまうような恋でしたら、やらない方が可《よ》いでしょう」
「これが秘決だ! 無分別! どうだこいつでやらかそう!」
「ところが妾《わたし》は天邪鬼《あまのじゃく》で、無分別が恋の秘決なら、思慮熟慮で行きましょう」
「理詰めで行こうとこういうのか?」
「そうですねえ、そうでしょうよ」
「オイ」と大学猛くなった。
「その理詰めだが嵩ずるとな……」
「どうなろうと仰有《おっしゃ》るので?」
「こうなるのだ! こうなるのだ!」
ノッと立ち上った鮫島大学は、巨大な鳥が小雀を、翼の下へ抱え込むように、扇女を両腕へかい込もうとした。
だがその途端に一方の壁の、真中《まんなか》の辺りへ穴が開き、一人の女が現われた。
隣部屋へ通う隠し戸を開け、手に阿片の吹管を持ち、支那の乙女の扮装《すがた》をした、若い女が現われたのである。
「阿片をお吸いなさいまし。結構な飲物でございます」
そう云いながらその女は、ヒョロヒョロ、ヒョロヒョロと前へ出た。
「奇麗な夢が見られます。見ることの出来ない美しい、世界を見ることも出来ましょう。聞くことの出来ない美しい、音楽を聞くことも出来ましょう。石榴《ざくろ》石から花が咲いて、その花の芯は茴香《ういきょう》色で、そうして花弁は瑪瑙《めのう》色で、でもその茎は蛋白石の、寂しい色をして居ります。そういう花も見られましょう。……そこは異国でございました。そこは上海《シャンハイ》でございました。その裏町でございました。一人の女が誘拐《かどわか》され、密房の中へ閉じ籠められ、眠らされたのでございます。黒檀の寝台には狼の毛皮。でその毛皮の荒い毛が、体の
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