「貧乏神さ。ごらんの通りね」
「貧乏神だ? どこから来た!」
「フフフフお前さんの家からさ」
 いいすてるとスルスルと床の間の方へ貧乏神は歩いて行った。
「どこへ行く!」といいながら専斎はヌッと立ち上がった。


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「やかましいやい! へぼ医者め!」
 振り返って睨んだ眼の凄さに専斎はペッタリ尻餅をついた。
「態《ざま》ア見やがれ!」
 と貧乏神は床の間へ上ると手を延ばし六歌仙の軸をひっ[#「ひっ」に傍点]握んだ。
 その時襖がサラリと開いて以前の覆面の老人が部屋の中へはいって来たが、「曲者《くせもの》!」
 と掛けた鋭い声は、武道で鍛えた人でなければ容易のことでは出せそうもない。
「ええ畜生、いめえましい!」身を飜《ひるがえ》すと貧乏神は庭へ向かって走り出した。
 ヒューッと小束が飛んで来る。パッと渋団扇で叩き落す。次の瞬間には貧乏神の姿は部屋の中には見られなかった。
「方々出合え! 賊でござるぞ!」
 忽ち入り乱れる足音が邸の四方から聞こえて来たが、庭の方へ崩《なだ》れて行く。
 障子を締め切った覆面の老人。
「驚かれたでござろうな」……打って代わって愛相よ
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