うことは一見すれば解るのであった。
「どれ寄って拝見しよう」
 腰を上げようとした時である。正面の障子が音もなく開いた。「人が来たな」とひょい[#「ひょい」に傍点]と見たが、障子の向こうに、縁側があり縁側の外れに雨戸がありその雨戸が細目に開いて庭園の一部が見えているばかり人らしいものの影もない。また専斎はゾッとした。冷たい汗が背を流れる。
「わっ! たまらねえ! 化物屋敷だア」
 叫ぼうとした時、障子の隙へ奇妙な顔が現われた。
「だ、誰だア!」
 と声を掛ける。とたんに破れた渋団扇が障子の間からフワリと出た。それから素足がニョッキリと出てやがて全身を現わしたのを見ると、専斎はキョトンと眼を円くした。もちろん恐怖もあったけれどむしろそれよりはおかしかった。まずその男の風彩は僧でもあり俗でもあった。鼠の衣裳に墨染めの衣、胸に叩き鐘を掛けている。腰に下げたは頭陀袋《ずだぶくろ》で手首に珠数を掛けている。頭は悉皆《しっかい》禿げていたがそれでも秋の芒のようにチョンビリと白髪《しらが》が残っている。そうして酷《ひど》く年寄である。それが渋団扇を持っているのだ。
「誰だ?」と専斎はもう一度いった。
「貧乏神さ。ごらんの通りね」
「貧乏神だ? どこから来た!」
「フフフフお前さんの家からさ」
 いいすてるとスルスルと床の間の方へ貧乏神は歩いて行った。
「どこへ行く!」といいながら専斎はヌッと立ち上がった。


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「やかましいやい! へぼ医者め!」
 振り返って睨んだ眼の凄さに専斎はペッタリ尻餅をついた。
「態《ざま》ア見やがれ!」
 と貧乏神は床の間へ上ると手を延ばし六歌仙の軸をひっ[#「ひっ」に傍点]握んだ。
 その時襖がサラリと開いて以前の覆面の老人が部屋の中へはいって来たが、「曲者《くせもの》!」
 と掛けた鋭い声は、武道で鍛えた人でなければ容易のことでは出せそうもない。
「ええ畜生、いめえましい!」身を飜《ひるがえ》すと貧乏神は庭へ向かって走り出した。
 ヒューッと小束が飛んで来る。パッと渋団扇で叩き落す。次の瞬間には貧乏神の姿は部屋の中には見られなかった。
「方々出合え! 賊でござるぞ!」
 忽ち入り乱れる足音が邸の四方から聞こえて来たが、庭の方へ崩《なだ》れて行く。
 障子を締め切った覆面の老人。
「驚かれたでござろうな」……打って代わって愛相よ
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