、待て待て、悪い奴等《やつら》だ!」
 こう云って走って来る人影があった。
「あっ、いけねえ、侍だ」
「またにしろ! 逃げたり逃げたり!」
 ――源太夫の群はお錦を投げ出しどことも知れず逃げてしまった。

10[#「10」は縦中横]

「娘御、お怪我はなかったかな」
「あぶないところをお助け下され、まことに有難う存じます。ハイ幸い、どこも怪我は……」
「おおさようか、それはよかった。……や、ここに仆《たお》れているのは?」
 こう云いながら若侍はトン公の方へ寄って行った。
「妾《わたし》の知己《しりあい》でございます。もしや死んだのではございますまいか?」
 お錦は不安に耐えないように、トン公の上へ身をかがめた。
 若侍は脈を見たが、「大丈夫でござる。活きております。どうやら気絶をしたらしい」
 間もなくトン公は正気になった。
「済まねえ済まねえ、眠っちゃった。ナーニもう大丈夫だ。だが畜生頭が痛え」
 負け惜しみの強いトン公は、気絶したとは云わなかった。
 二人を救った若侍は小堀義哉《こぼりよしや》というもので、五百石の旗本の次男、小さい時から芸事が好き、それで延寿《えんじゅ》の門に入
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