ねて見た。
「お前傷でもしたんじゃないの?」
「いいえ、そうじゃございません」お錦はそっと着物の上から左の二の腕を抑えたが、
「痣があるのでございますの」
「まあ、そうかえ、痣がねえ」
お琴は意外な顔をした。
6
紫錦《しきん》は伊丹屋へ来て以来、その名をお錦《きん》と呼び変えられていた。そのお錦の最近の希望《のぞみ》は、女中も連れず、ただ一人で浅草辺りを歩いて見たいことで、もしそれが旨く行こうものならどんなにのうのう[#「のうのう」に傍点]するだろう――こう彼女は思うのであった。
で或日外出した時、うまうま途中で女中をまいた[#「まいた」に傍点]。喜んだお錦はその足で浅草の方へ歩いて行った。浅草奥山の賑《にぎわい》は今も昔も変りがなく、見世物小屋からは景気のよい囃子の音が聞こえてきた。恐ろしいような人出であった。
観音様へお賽銭を上げ、それからお堂の裏手の方へ宛もなく彼女は歩いて行った。
「オイ紫錦《しきん》さん、紫錦さんじゃないか!」
誰やら背後《うしろ》から呼ぶ者があるので彼女は驚いて振り返った。
「おや、お前、トン公《こう》じゃないか?」
「ナーンだ、やっぱり紫錦
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