お座敷へは呼ばれたじゃないか」
「それとこれとは異《ちが》いまさあ。それはそれで金取り主義、ご祝儀頂戴の呼吸《いき》だったが、今度はどうやらお前さんの方でも、あの青二才に惚れているようだ」
「何を云うんだよ、トン公め!」
今から数えて十六年前、酒商《さけしょう》[#ルビの「さけしょう」は底本では「さけしやう」]伊丹屋伊右衛門《いたみやいえもん》は、この城下に住んでいた。
旧家ではあり資産家《かねもち》ではあり、立派な生活を営んでいた。お染《そめ》という一人娘があった。その時数え年|漸《ようや》く二歳《ふたつ》で、まだ誕生にもならなかったが、ひどく可愛い児柄《こがら》であった。夫婦の寵愛というものは眼へ入っても痛くない程で、あまり二人が子煩悩なので、近所の人が笑うほどであった。
ところがここにもう一人、藤九郎《とうくろう》という中年者が、ひどくお染を可愛がった。甲州生れの遊人で――本職は大工ではあったけれど、賭博は打つ酒は飲む、いわゆる金箔つきの悪であったが、妙にお染を可愛がった。
もっともそれには理由《わけ》があるので、お染の産れたその同じ日に――詳細《くわし》く云えば弘化《
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