か》けて行き、袖へ飛び込んだのでございますからなあ」
「強い力をお持ちだからさ」
「どういう力でございましょう?」
「妾や妙子さんの持っている力と、同じような力なのさ。それが十倍も強いだけさ」
 一行はズンズン歩いて行く。
 やはり秩父の山中の、桐窪《きりくぼ》が一行の行く先らしい。山尼の居場所が目的地のようだ。
「おや」と集五郎が呟きながら、ちょっと小首を傾げたのは、森の向こう側からシャンシャンという、馬の鈴音が聞こえたからである。「旅人が通っているらしい」何んとなく不安の気のしたのは、所は道のない野原であり、山越しをして行く旅人などが、めったに通らない場所だからであった。
「馬の鈴音が聞こえましたようで」華子に向かって声をかけた。
「ああ妾も聞こえたよ」
「同じ方角へ行きますようで」
「どうやらそんな様子だねえ。だが大概は旅人だろうよ」案外華子には苦にならないらしい。
「しかし今回の私どもの旅行は、絶対の秘密になっております。人に姿を見られましては、あまり感心いたしません」
「云うまでもないよ、その通りだよ」
「で、好んで峠路を避け、道のない野原を辿っております」
「そうした方が安全だからね」
「森の向こう側の旅人に、見られないものでもございません」
「同じ方角へ行くのだから、いずれはどこかで出合うだろうよ」
「その旅人が人里へ下って、我々の様子を吹聴しましたら、いささか困りものにございます」
「と云って旅人を掣肘《せいちゅう》して、旅をするなとは云えないではないか」
「ともかくもどういう旅の者か、確かめて置いた方がよろしいようで」
「なるほど、それだけは必要かも知れない」
「森の向こう側へ人をやり、見させることに致しましょう」
「そうだねえ、そうしてごらん」
「山本氏、山本氏」武士の一人を呼びかけた。
「は」と云いながら近寄って来たのは、二十七、八の武士であった。
「ご貴殿森の向こう側へ行き、馬に乗って通る旅人の様子を、それとなく窺《うか》がってくださるよう」
「委細承知」と云いすてると、森を分けて武士は走り去った。
 で、一行は進んで行く。
 華子の乗った山駕籠が、列の先頭を切っている。それに引き添ったは集五郎である。それに続いて三十余人の武士が、旅装いかめしく付いて行く。一ツ橋家の武士である。
 右手は鬱々とした森である。左手は起伏した丘である。行手にも幾個《いくつ》か森がある。長く続いた林もある。小山もあれば谷もあり、川も流れているらしい。灌木や藪が飛び散っている。山は斜面をなしていたが、登りはそれほど険しくはなかった。空を横切って小鳥が飛ぶ。遙かの山の頂きに、入道雲が屯《たむろ》している。晴れた空が海のように深く見える、山地特有の空である。
 一行はズンズン進んで行く。
 五町あまりも歩いたろうか、森は途切れたが林となった。林の左側に沿いながら、一行はさらに進んで行く。
 と、今度は小山となった。山の斜面に瘤《こぶ》のように、うずくまっている小山である。小山の裾を巡りながら、一行は尚も進んで行く。
 と、小山の反対側から、またも馬の鈴が聞こえて来た。
 ところがどうにも腑に落ちないのは、物見に出て行った山本という武士が、いまだに帰って来ないことであった。
「どうしたのだろう、可笑《おか》しいではないか」
 集五郎には不思議でならなかった。
「山本氏が帰りませんようで」華子に向かって不安そうに云った。
「そうだねえ、どうしたのだろう」
 日光を遮って駕籠の中は、ボッと薄暗く煙っていたが、その中に浮いている華子の顔には、幽かながらも不安があった。「十や十五の子供ではなし、迷児《まいご》になったのではあるまいが、それにしても少し手間取り過ぎるよ」
「それに旅人の鈴の音が、小山の向こう側で聞こえております」
「もう一人物見にやってごらん」
「北条氏北条氏」呼ぶ声に連れて、北条という若い武士が、すぐに後列から走って来た。
「は、何事でございますかな?」二十五、六の武士である。
「お聞きの通り小山の向うで、馬の鈴音が聞こえております。どのような旅人が通っておるか、行ってお調べくださるよう」
「かしこまりましてございます」
 北条という武士は馳せ去ったが、すぐに山の向うへ隠れてしまった。
 一行はズンズン進んで行く。

        四十八

 小山と云っても丘のようなもので、高さから云うと知れたものであったが、その延長は著しかった。で、その裾に添いながら一行はズンズン進んで行った。
 依然鈴の音は聞こえて来る。悠々と歩いていると見えて、その鈴の音もおちついている。
 だがその鈴の音が急に止み、罵り合う声が続いて起こり、すぐに消魂《けたたまし》い悲鳴が聞こえ、同時に鈴の音が乱調を作《な》し、甲高く響いた瞬間から、局面が一変す
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