たけぼら》の音が、ボーッとばかりに鳴り渡った。それに続いて大勢の者が、声を揃えて呼ぶ声が、木精《こだま》を起こして聞こえて来た。
「一式様!」
「小一郎様!」
「オーイ、オーイ!」
「オーイ、オーイ!」
関宿の侠客英五郎と、その乾児《こぶん》の者百人あまり、娘の君江も中に雑《まじ》った、小一郎さがしの同勢が、大森林を上へ上へと、今や上って来るのであった。
真っ先に立ったは英五郎で、それに引き添って君江がいる。
「お父様大丈夫でございましょうか?」君江の声は顫えている。
「さあそいつ[#「そいつ」に傍点]は解らないよ」英五郎の声は不安そうである。
「魔所だからなあ、この森は。大勢の人間の叫び声がしたり、突然大岩が転がって来たり、にわかに大水が流れて来たり、幾十人かの片輪者ばかりが、手を繋《つな》いで現われたり、そうかと思うと天人のような綺麗な娘が一人きりで、木にもたれてションボリ考えていたり、そうかと思うと神様のような、神々しい老人が虫籠をさげて、木の枝に腰をかけたり、怪しいことばかりがあるのだからなあ……普通《なみ》の人間の分け入るのを、厭《いと》っているのだよ、この森はな。……」
十二
「だから申したのでございます」顫えた声で君江が云う。「小一郎様、一式様、あの森へはおはいりなさいますな。恐ろしい魔所でございます。はいったが最後、お身の上に、きっと危険がございましょう。いけませんいけません。はいっては。……それだのにあの方|憑《つ》かれたように、スルスルとはいって行かれました。……お父様お父様急ぎましょう! 早く早く目付けましょう! ……どうぞご無事でいられますよう。……妾はこんなに顫えています。……だんだん胸が苦しくなる!」
「そうだそうだ、急がなければならない。早く目付けないと取り返しが付かない。……やいやい野郎ども声を上げろ! お呼びしてみろ、お呼びしてみろ!」
そこで一同呼び立てた。「小一郎様! 一式様!」
声々が森に反響する。「小一郎様!」と返って来る。「一式様!」と返って来る。一緒になって君江も呼んだ。君江の声が一番高い。恋人探しの若い娘の、一生懸命の声だからである。
一人がボーッと竹法螺を吹いた。木精ばかりが、ボーッと返る。
ドンドン一同押し上る。歩きにくい歩きにくい。
と、一所森が途切れ、小広い空地が現われた。そこ
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