足が早まる。だが息切れのしないように、丹田へ力をこめている。
「考えてみればあぶなっかしい[#「あぶなっかしい」に傍点]ものだ」小一郎は心中で考えた。
「案内知らぬ森の中を、こんな塩梅《あんばい》にただむやみと、上へ上へと上がったところで、そのあるという大池へ、辿りつくことが出来るかしら? そうしてはたして大池の畔《ほとり》に、昆虫館があるかしら? 幸い大池と昆虫館とを目付け出すことが出来たとしても、あの美しい声の主を、発見することが出来るだろうか? ……だがマアそいつ[#「そいつ」に傍点]は考えまい。ただ歩くんだ歩くんだ! ただ進むんだ進むんだ!」
 そこでズンズンと突き進んだ。と、森の木がまばらとなり、小広い一つの空地へ出た。一座の大岩が聳えている。
「はてな?」とその時小一郎は足を止めて耳を澄ました。その大岩に反響し、人の足音が聞こえたからである。どうやら大岩の向こう側から、こっちを目指して来るらしい。一人や二人の人数ではない。十五、六人の人数である。
「一ツ橋家の侍ども、ははあさてはやって来たな。さてどうしたものだろう?」――こうなっては他に思案もない。逃げるかもしくはぶつかる[#「ぶつかる」に傍点]ばかりだ。「どうなるものか、ぶつかってしまえ」
 早くも決心した一式小一郎は、素早く四辺を見廻わしたが、足場を計るためだろう。「ちょうど幸い大岩がある。こいつを早速楯として、構うものか、叩っ切ってやろう」
 及び腰をして待ち設けたが、それとも感付かぬ岩向こうの人数、ガヤガヤ喋舌《しゃべ》りながら近付いて来た。その時小一郎は声をかけた。
「ご用心!」とまず一声! それから凛々と云ったものである。
「あいやそこへ参られたは、南部集五郎殿をはじめとし、一ツ橋殿のご家中でござろう。その目的は昆虫館探し、何んとさようでござろうがな」ここでちょっと言葉を切り、先方の様子を窺った。
 と、ひどく驚いたらしく、足音が止み声が絶えた。がすぐ南部集五郎の、物々しい声が聞こえて来た。
「そういう貴殿は何者かな? いかにも我々は一ツ橋家の家臣!」
 そこで小一郎は声を上げた。
「南部氏だな、声で解る。拙者は一式小一郎、貴殿にとっては怨《うら》みあるもの。拙者にとっても怨みがある。小梅田圃では意外のことから、せっかくの果たし合いが中折れ致した。あの夜の続き、今日こそ果たそう。さて次に」と
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