実の親子だ。逢いたかったまでさ。それでおおかた連れて行ったのだろう」
「私にはそうは思われない」昆虫館主人は首を振ったが、「威嚇の道具に使うのだろう。囮《おとり》に使おうとしているのだろう。永生の蝶を奪おうためにな」
「さあその永世の蝶という奴だが、兄ごは充分調べた筈だ」
「そうして未だにわからない」
「これから調べても解るまい」
「そうよなア、解らないかもしれない」
「では先方へくれてやるさ」
「一匹は取ったということではないか」
「芹沢の郷で取ったそうだ」
「もう一匹は不明なのだ。どこへ行ったかわからないのだ」
「ふうん、それは本当のことかな?」
「嘘は云わぬよ、盗まれたらしい」
「では先方へそういうことを、云ってやったらよかりそうなものだ」
「云ってはやったが信じないのだよ」昆虫館主人は苦々しそうにしたが、「どうしてもこの土地にいるというのだ」
 部屋は昔と変わりがない。和蘭陀《オテンダ》風に装飾《よそお》われている。壁に懸けられたは壁掛けである。昆虫の刺繍が施されてある。諸所《ところどころ》に額がある。昆虫の絵が描かれている。天井にも模様が描かれてある。その模様も昆虫である。戸外《そと》に向かって窓がある。その窓縁にも昆虫の図が、非常に手際よく彫刻《ほら》れてある。窓を通して眺められるのは、前庭に咲いている花壇の花で、仄《ほの》かな芳香が馨《にお》って来る。長椅子、卓子《テーブル》、肘掛椅子、書棚の類が置いてある。床には絨緞が敷いてあり、それには昆虫の模様が織られ、その地色は薄緑である。
 黒檀細工の卓子《テーブル》の上に、幾個かの虫箱が置いてある。そうして例によって天井からも、無数の虫箱が釣り下げられてある。
 昔と何んの変わりもない。いくらか古びているばかりである。で、この部屋にあるものと云えば、学究的の静寂である。それも昔と変わりがない。
 と、不意に昆虫館主人が、かけていた椅子から立ち上がり、一つの虫箱を覗いたが、
「敏感な麝香虫が騒ぎ出した。……いよいよ山尼の一隊が、迫って来たに相違ない」
 こう云って窓まで身を寄せて行ったが、これも昔とそっくりであった。

 こういう事件の行われている頃、秩父連山の一所でも、風変わりの事件が行われていた。
 馬に乗った一式小一郎が、女馬子の君江に手綱をとらせ、谷の底を歩ませていたのである。
 その左側の谷の上を、
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