れだ、武器の手入れだ! 槍を磨け、刀を磨け、鉄砲の筒を掃除しろ。……一手は森林の裾へ行け。そこへ幕営をつくるがいい。一手は森林の底へ行け。そこへ地雷を伏せるがいい。……火薬袋に注意しろ。点火の手筈の狂わぬよう。……谷川へは橋をかけるがいい。……物見だ物見だ、物見に行け!」
 指揮しているのは、隅田のご前で、昆虫館の建物の前へ、牀几《しょうぎ》を出して腰かけている。
 人々が八方へ駈け巡る。伝令が四方へ飛んで行く。遠くで鉄砲の音がする。恐らく試射をやっているのであろう。と、ゴーッという音がした。水の流れる音である。槓杆《こうかん》を動かしたに相違ない。そこで湛えられた湖水の水が、森林をひらいて流れたのであろう。
 と、麓の方角から、一団の人数が上って来た。醜い不具者の群である。ずっと以前に昆虫館にいて、閉ざされると共に立ち去ったのだが、昆虫館の大事を聞き、今や集まって来たのである。
 ひっそりと寂しかった昆虫館は、こうして活気を呈したが、むしろ活気というよりも、殺気と云わなければならないだろう。
 だがこういう殺気の場を、一向無関心に横目に見て、一人働かない人物があった。他ならぬ片足の吉次である。
「立ち廻われ立ち廻われ騒げ騒げ。が、この俺は騒がないよ」
 岩から落ちて来る滝の前に佇《たたず》み、滝壺の中を睨んでいる。
 と、「吉次さん」と云う声がして、ヒョッコリ現われた女がある。他ならぬ弁天松代であった。
「ヨー。これは松代さんか」
 吉次はニヤニヤ笑い出した。群《あつ》まって来た連中の中で、吉次の一番好きなのは、この弁天松代だからである。
「松代さん相変わらず綺麗だなあ」
「ああいつだって綺麗だよ」松代は並んで佇んだが、「どうしてお前さん働かないんだい」咎めるような調子である。
「一本足じゃ働きもならない」
「そりゃアそうだねえ。もっともだよ」
「それに俺《おい》らは不賛成なのさ」
「何んのことだよ、不賛成とは!」
「むやみと騒がしく立ち廻わることさ」
「だって戦いが始まるんじゃないか」
「さあその戦争だが嫌いなのさ」
「成るようにして成ったんだから、どうにも仕方がないじゃアないか」
「へえ、そりゃアどういう訳だえ」
「だって、山尼の連中は、永生の蝶が欲しいのだろう? ところがその中一匹の方は――つまり盗まれた雄蝶の方だが、どんなことをしたって目付からないのだよ」
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