そかに考えた。「女賊などではあるまいかな」
すると女が声を掛けた。「大丈夫でございますよお武家様、妾《わたくし》悪人ではございません」
「ううん」と小一郎は参ってしまった。「何を申すか、つまらないことを!」
「お心で思っていらっしゃったくせに」
これにも小一郎は参ってしまった。
「お前には解るのか、人の心が!」
「旦那様のお心なら解ります」
「これは驚いた。どうして解る?」
「好きなお方でございますもの」
「え?」とまたまた小一郎は、胆を潰さざるを得なかった。「お前は俺が好きなのか!」
「一眼で好きになりました」
「ヤレヤレ」と小一郎は苦笑した。「途方もないことになってしまった」
「恋しいお方のお心持ちだけは、恋している女に解ります」
「馬子! あんまり嚇《おど》してはいけない!」
「ホ、ホ、ホ、ホ、ご免遊ばせ」
どうにも小一郎には見当が付かない。何んだろういったいこの女は? そこで身の上を調べることにした。
「ところでお前の名は何んというな?」
「はい、君江と申します」
「ああ、君江か。年は幾個《いくつ》だ?」
「はい、十八でございます」
「で、両親はあるのかな?」
「はい健康《たっしゃ》でございます」
「で、家はどこにある?」
「三浦三崎の関宿《せきやど》に」
「えッ」と小一郎はまた嚇《おど》された。「これ、あんまり嬲《なぶ》るものではない」
「いえいえ本当でございます」女馬子の声は真面目であった。
「妾《わたくし》の家は三浦三崎、関宿にあるのでございます。それで妾は旦那様を、妾の家へお連れしようと、こう思っているのでございます」
「それはいったいどうした訳だ?」
「旅籠《はたご》商売でございますもの」
「ははあそうか、旅籠屋か。……旅籠屋の娘が何んのために、馬子稼ぎなどをやっているのだ?」
「探していたのでございます」
「ふうんそうか、何者をな?」
「はい恋人をでございます」こう云うと女馬子はニッコリした。
「そうしてとうとう今日はじめて、恋しいお方を探し当てました。旦那様あなたでございますの」
さて剣侠一式小一郎は、この女馬子に逢ったばかりに、意外の事件に続々ぶつかり、恋と怨《うら》み、悪剣と侠剣、暗黒と光明、迷信と智恵、神秘の世界と現実の世界へ、隠見出没することになった。
六
その日からちょうど五日経った。
三浦三崎の君江の
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