え叔父様、実を申せば、もう一つ大切なご用があって、探しているのでございますの。その一式様というお侍さんを」
「ほほう」とご前眼を円くした。「その恋男のご姓名は、一式様というようだの」
「一式小一郎様と申します」
「で、何かの、大切の用とは?」どうやら興味を持ったらしい。
「お父様からお預りをした、大事な大事な大事な物を、お渡ししたいのでございます」
「何?」と云うと隅田のご前は、いくらか驚いた様子があった。「それでは何かの、お前のお父様も、承知しておられるご仁かの、その一式という人物は?」
「私達の住居の昆虫館へ、訪ねておいでくださいました時、お父様もお逢いでございました。そうしてお父様もそのお方を、大変好かれたのでございます」
「ふうん」と云ったが真面目になった。「私はそうとは知らなかったよ、そんな恋人の話など、お前の出鱈目と思っていたよ。うむうむそうか、本当の話か。で、何かの、大事なものとは?」
「はいこれでございます」
何か帯から出そうとした時、隅田川の方から声がした。
「エッサ、エッサ、エッサ、エッサ」それはこう云う声であった。
そうしてこの声が次第に近付き、隅田のご前の屋敷の前で、にわかにプッツリと切れてしまい、つづいて幽かではあったけれど、水門の開く音がした時から、この物語の局面は、新しく展開されることになった。
まず隅田のご前様が「来たな」と云うと立ち上がり、それから桔梗様へ云ったものである。
「お前もおいで! 度胸がある。見せて置いてもいいだろう。……紹介《ひきあわ》せて置こう、変った奴らを。無頼漢《ならずもの》どもだがためにもなる奴らだ」
で、部屋から廻廊へ出た。云われるままに立ち上がり、桔梗様が後から従った。
少し行くと階段になる。螺旋《らせん》形をした階段である。下り切った所に池があった。隅田の川水を取り入れて、作ったところの池らしい。小さい入江! こう云った方がいい。小|船渠《ドック》! こう云った方がいい。水がピチャピチャと石段を洗い、小波をウネウネと立てている。石段の左右に龕《がん》ある。青白い燈火《ひかり》が射しいる。その燈火に照らされて見えるのは、七福神の宝船、それに則って作られた船と、満載されてある武器弾薬と、そうしてそれへ乗り組んでいる、七人の異様な水夫《かこ》達であった。
いやもう一人|人《ひと》がいた。それは水に濡
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