たところで、同じような渦巻が渦巻いて、またもや太刀音と喧号とが悲鳴と仆れる音とに雑って、同じく嵐のように湧き起こった。茅野雄が敵を切って位置を変えるごとに、執念深く敵が追い逼って、引っ包んで討ち取ろうとしているのであった。
 同じようなことが繰り返されて、渦巻が崩れて一方へ走って、そっちへ渦巻が移って行った時に、谷へ石でも転落するような、ガラガラという音が響き渡った。

白河戸郷

 その日から十日は経ったようであった。
 丹生川平から五里ほど離れた、白河戸郷《しらかわどごう》から一群の人数が、曠野の方へ歩いて来た。
 一人の若い美しい乙女を、十二人の処女らしい娘達が、守護するように真ん中に包んで、長閑《のどか》に話したり歌ったりして、ゆるゆると漫歩して来るのであった。飛騨の山の中でも白河戸郷といえば、日あたりの良いいい土地として、同国の人達に知られていた。
 季節は六月ではあったけれども、山深い国の習いとして、春の花から夏の花から、一時に咲いて妍《けん》を競っていた。木芙蓉の花が咲いているかと思うと、九輪草の花が咲いていた。薔薇と藤とが咲いているかと思うと、水葵の花が咲いていた。青草の間には名さえ知られていない、黄色い花や桃色の花が、青い絨毯に小粒の宝石を、蒔き散らしたように咲いていた。
 白河戸郷は四方グルリと、低い丘によって囲まれていて、その丘を上ると曠野であって、曠野の外れは高山によって、これまた四方を囲まれていた。で、高山の大城壁が、白河戸郷をまず守り、次に荒々しい広い曠野が、白河戸郷を抱き包み、さらに低い丘が内壁かのように、白河戸郷を守っているのであった。
 約言すると白河戸郷は、三重の大自然の城壁によって、守護されている盆地形の、城廓都市ということが出来た。
 が、もちろん、城廓都市という、この大袈裟な形容詞の、中《あた》っていないことは確かであって、むしろ三重の大自然によって、外界と遮断されている、別天地と云った方が中っていて、盆地の中には多数の人家や、小ぢんまりとした牧場や、花園や畑や田や売店や、居酒屋さえも出来ていた。
 で、朝夕炊煙が上って、青々と空へ消えもすれば、往来で女達が喋舌《しゃべ》ってもいれば、居酒屋で男達が酔っぱらってもいれば、花園で子供達が飛び廻ってもいれば、田畑で農夫達が耕してもいた。
 が、ここに不思議なことには、盆地の中央に
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