と訊《たず》ねるのが本当ではあるが、ナーニ私は訊ねないよ。ちゃんと解っているからさ。掘り出し物がしたいからであろう。ここへ来るほどの人間は、一人残らず誰も彼もそうさ。アッハッハッ、図星だろうがな。ところでどういう掘り出し物を、お手前は望んでおられるやら? 実はな、私はそいつが聞きたい。が、押しては訊ねない、と云うのは推量がついているからよ。お手前の今の話によって、推量を私はつけたのだ。……亜剌比亜《アラビア》から渡って来た何かであろう。ここで率直に云うことにする。私もな、同じ物を探しているのだ」
戸外《そと》は夜で暗かったが、部屋の中は燈火で明るかった。一つの卓を前にして、その向こう側へ醍醐弦四郎を置いて、眼光の鋭い巨大な鷲鼻の、老将軍のような碩寿翁が、胡麻塩の頤髯を悠々と撫《ぶ》し、威厳のある声音《こわね》で急所々々を、ピタピタ抑えてまくし立てた様子は、爽快と云ってよいほどであった。
向かい合っている醍醐弦四郎も、一種剛強の人物らしく、太い眉に釣り上った眼、むっと結んだ厚手の唇、鉄のように張った胸板など、堂々とした風采ではあったが、碩寿翁にかかっては及ぶべくもないのか、たじろいだような格好に、卓から一二歩後ろへ離れた。
しばらくの間は無言である。
で、部屋の中は静かであって、南京龕《ナンキンずし》から射して来る光に、蒐集棚の硝子《ガラス》が光り、蒐集箱の硝子が光り、額の金縁が光って見えた。部屋の片隅に等身ほどもある、梵天《ぼんてん》めいた胴の立像があったが、その眼へ篏められてある二つの宝玉が、焔のような深紅《しんく》に輝いていた。紅玉などであろうかもしれない。
(相手が松平の大隠居とあっては、俺に勝ち目があるはずがない。のみならず俺の探している物を、碩寿翁も探しているという、困った敵が現われたものだ)
碩寿翁と眼と眼とを見合わせながら、弦四郎は思わざるを得なかった。
(さてこれからどうしたものだ)
(何とかバツを合わせて置いて、器用にこの部屋を退散しよう。それにさ俺は何をおいても、伊十郎めに逢わなければならない)
そこで弦四郎はお辞儀をした。
「これは恐縮に存じます。いや、お言葉にはございますが、何の私めがご前様と同じに、亜剌比亜《アラビア》から渡った何かなどを、探しなどいたしておりましょうぞ。先刻申し上げました話なども、ほんの出鱈目なのでござります。
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