きな顔には、鈎《かぎ》のような鼻が盛り上っているし、牛のようにも太い頸筋には静脈が紐のように蜒《うね》っている、半白ではあったがたっぷり[#「たっぷり」に傍点]とある髪を、太々しく髷に取り上げている、年の格好は六十前後であったが、血色がよくて肥えていて、皮膚に弛みがないところから五十歳ぐらいにしか思われない。松倉屋の主人《あるじ》の勘右衛門であった。勘右衛門がそう云って呼び止めたのであった。
と、見て取った手代の京助は、不機嫌らしい顔をしたが、不精々々に挨拶をした。
「へい、これは旦那様で。ちょっと出かけて参ります」
で、手に持った包み物を、胸へ大事そうに抱くようにしたが、云いすてて門の方へ行こうとした。
邪魔がはいる
「お待ち」と勘右衛門は迂散《うさん》くさそうに云った。
「何だ何だ持っている物は?」
すると京助は首を振るようにしたが、
「さあ何でありましょうやら、とんと私は存じません」
「で、どこへ持って行くのだ」
いかにも昔は抜け荷買いなどを、お上《かみ》の眼を盗んでやったらしい、鋭い、光の強い、兇暴らしい、不気味な巨眼で食い付くように、勘右衛門は京助が胸へ抱いている小さな包物《つつみ》を見詰めたが、
「ちょっとそいつを見せてくれ」と近寄りながら、手を延ばした。
が、京助はうべなおう[#「うべなおう」に傍点]とはしない。後ろへ二三歩さがったかと思うと、
「奥様からのご依頼の品で……持って参らなければなりません。大変お大事の品物のようで。……で、たとえ旦那様でも、奥様のお許しの出ないうちは、お眼にかけることは出来ません」
奥様の忠実なお小姓として、自ら任じている京助としては、こう云うより他はなかったようであった。
そうして京助の直感力からすれば、どうやら持っているこの包物は、奥様にとっては秘密な品で、旦那様のお眼にかけることを、欲していないもののように思われた。
(とにかく急いで出かけなければいけない)
で、京助は駆け出そうとした。
と、松倉屋勘右衛門であるが、いよいよ迂散くさく思ったものと見えて、京助の行く手へ素早く廻ると、両手を大きく左右へひろげた。
「奥の品物なら俺の品物だ! 見せないということがあるものか! ……どうも大きさがあれ[#「あれ」に傍点]に似ている。さあさあ見せろ! 俺へ渡せ! 何だ貴様は手代ではないか! お前にとっては
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