れ、いまだに浪江を引っ抱えたままで、立っているところの姿なのであった。
 寂然とした間があった。
 向かい合った三人の空間を、病葉《わくらば》が揺れながら一葉二葉落ちた。
 と、讃歌が聞こえてきた。
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]唯一なる神
みそなわし給う
病める我らを
慈悲の眼をもて。
[#ここで字下げ終わり]
 丘の上の大勢の業病人達が、歌っている讃歌に相違なかった。
 宙に上っている鉄の杖が、この時ゆらゆらと前へ出た。
 覚明が前へ出たのである。
 その覚明が呻《うめ》くように云った。
「内陣の秘密を洩らす者は、肉親といえども許されない! 洩らしたな浪江! 聞いたな茅野雄! ……娘ではないぞ! 甥でもない! 教法の敵だ! おのれ許そうか! ……生かしては置けぬ! 犬のように死《くた》ばれ!」
 ジリジリジリジリと前へ進んだ。
 が、また讃歌が聞こえてきた。
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]唯一なる神
許したもう
信じて疑わぬ
我らのみを。
[#ここで字下げ終わり]
「聞け!」と、覚明はまた進んだ。
「あの歌を聞け! あの歌を聞け! 疑わぬ者のみが許されるのだ! ……おのれらよくも疑がったな! よしや盗んだ品であろうと、よしやその品が片輪であろうと、疑がわぬ者には力なのだ! あばく[#「あばく」に傍点]ことがあろうか! あばく[#「あばく」に傍点]ことこそ罪だ! 死ね!」と、鉄の杖が振り下ろされた。

長閑な会話

 しかしその時には浪江を抱いたまま、茅野雄は背後へ飛び退いていた。
 茅野雄と浪江とは若かった。その行動も敏捷であった。
 しかし覚明は老人であった。行動は鈍く敏捷でなかった。
 このままで推移したならば、茅野雄と浪江とは遁れられるかも知れない。
 と、云うことが解ったと見える。
 大音声に覚明は叫んだ。
「教法の敵こそ現われましたぞ! 方々出合って打って取りなされ!」
 オーッという応ずる高声と、ワーッという大勢の鬨《とき》の声とが、忽ち四方から湧き起こった。

 しかるにこの頃数人の武士が、丹生川平の境地を下り、例の曠野まで続いている、大森林を分けながら、曠野の方へ辿っていた。
 醍醐弦四郎と部下とであった。
「まごまごしていると追っ払われるぞ」
 こう云ったのは弦四郎であった。
「丹生川平をでございます
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