、五人の男が露路から出た。本通りの方へ引っかえして行くのを、一軒の家の二階から――細目に開けた障子の隙から、眺めていた一人の武士があったが、
「また彼奴《きゃつ》ら悪いことをやり出したな」
眉をひそめながら呟いた。与力の十二神《オチフルイ》貝十郎であった。
「旦那、喧嘩ね。気味の悪い」
ちゃぶ台があってご馳走があって、徳利と盃とが置いてあり、一方の側には貝十郎がおり、一方の側には女がいたが、その女がそんなように云った。
「喧嘩といえば喧嘩だが、性《たち》の悪い喧嘩でな」
「性《たち》のよい喧嘩ってありますかしら」
「出合い頭の間違いで、ぶん撲り合うというような、そういう喧嘩は性のいい喧嘩だ」
「性の悪い喧嘩といえば?」
「計画的に仕掛けた喧嘩さ。……それはそうと、こういうお妾横丁には随分喧嘩はあるだろうな」
「そうですねえ、まあ、ちょくちょく[#「ちょくちょく」に傍点]」
「ところで突きあたりの格子づくりの家だが、やはり妾の巣だろうな?」
「巣とはお口のお悪いことね。でも、ええ、お妾さんの巣のようだわ」
「一、二度見かけたことがあるが、そのお妾さん美《よ》い縹緻《きりょう》だった」
「そこでちょっかい[#「ちょっかい」に傍点]を出そうと云うのね」
「うっかりちょっかい[#「ちょっかい」に傍点]を出そうものなら、あのお妾さんくらいつくよ」
「鬼や夜叉じゃアあるまいし」
「それ以上に凄い玉《たま》かもしれない。顔に険のある女だった……旦那というのはどんな男かな?」
「旦那だか何んだか知らないけれど、時々駕籠で立派なお武家さんが深夜においでなさるようです」
「他にも男が出入りするだろう?」
「よくご存知ね。四、五人の男が……」
「物など持ち運んでは来ないかな?」
「おや、そう云えばそんなことも……でもどうしてご存知なんでしょうね?」
「俺の身分を知っているくせに、何を云うのだ。うっかりした女だ」
二
「そうそう旦那は与力衆でしたわね」
「今後は殿様と呼ぶがいい」
「結城ぞっきのお殿様ね」
「文句があるなら唐桟《とうざん》でも着るよ」
「いいえ、殿様と云わせたいなら、黒羽二重の紋服で、いらせられましょうとこう申すのさ」
「そういう衣装を着る時もある。が、その時には同心が従《つ》く」
「目明し衆も従くんでしょうね」
「お前なんかすぐふん[#「ふん」に傍点]縛る」
「おお恐々《こわこわ》!」と大仰に云ったが、妾のお蔦は寄り添うようにした。「でも殿様に似合うのは、そういう風じゃアありませんわね」
「河東節の水調子 ※[#歌記号、1−3−28]二人が結ぶ白露を、眼もとで拾うのべ紙の――などと喉《のど》をころがして、十寸《ますみ》蘭洲とどっちがうまい? などと云っている俺の方が仁にあうと云うのだろう」
「そうよ」とお蔦はトロンコの眼をした。「※[#歌記号、1−3−28]梛《なぎ》の枯れ葉の名ばかりにさ。……殿様、今夜は帰しませんよ」
「まてまて」貝十郎は大小を取った。「与多《よた》は与多、仕事は仕事だ。……俺はちょっくら行って来る」
「どちらへ?」
と驚いて止めるお蔦を、ちょっと尻眼で抑えるようにし、「お前を相手に割白《わりせりふ》か何んかで、茶化したことばかり云っていて、それで暮らして行けるなら、とんだ暮らしいい浮世なんだが、まるっきり逆の世間でな」
「遊んでおいでなされても、役目は忘れないとおっしゃるのね」
「それくらいなら御《おん》の字だ。遊びを役目の助けにしている――と云う荒っぽい時世なのさ」
妾宅を出ると貝十郎は、露路の突きあたりの家の前まで行った。が、そのまま姿が消えた。
「手頼《たよ》りない身でございますの、これをご縁にどうぞ再々、お遊びにおいでくださいましてお力におなりくださいますよう」
お蝶はこう云って京一郎の顔を、艶めいた眼でながしめに見た。年は二十一、二でもあろうか高い鼻に切れ長の眼に、彫刻的の端麗さをそなえた、それは妖艶な女であった。
「はい、有難う存じます。妙なことからお目にかかり、飛んだおもてなしにあずかりまして、何んと申してよろしいやら。……ご迷惑でなければこれからも、ちょいちょいお伺いいたします」
京一郎は恍惚《うっとり》とした心で、こう云って頬を掌で撫でた。五人の男に追いかけられ、それが因になって飛び込んだ家の、女主人にこんなに愛想よく、迎えられようとは思わなかった。
茶を出され酒を出され、身の上話さえされたのである。両親のない身の上ながら、親が残して行った金があるので、女中と婆やとを二人ほど使い、男気のない女世帯を、このようなひっそりした町の露路で、しばらく前から張り出したが、その男気のないということが、何より寂しいと云うのであった。
父は生前は長崎あたりの、相当名を知ら
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