ような物を一眼見ると、それを利用してそれに類した物を、なるほどあの仁なら作られるでござろう。……それはそうとカランス殿には」
 貝十郎は改まって訊ねた。
「奥の部屋においででございます」
「では」と貝十郎は立ち上がった。「吉雄殿にもどうぞご一緒に」
「よろしゅうござる」と幸左衛門も立った。
 二人につづいてお島も立ち上がり、二人につづいて奥の部屋の方へ行った。
 お島に取ってはこの部屋も、この部屋にある諸※[#二の字点、1−2−22]の器具も、五十年輩で威厳があって、それでいてどことなく日本人ばなれしている、吉雄幸左衛門という人物も、驚異には値《あたい》していたが、不思議と恐怖には値していなかった。
(この人達なら助けてくださるだろう)
 かえってそんなように思われたのである。

        四

 一本の蝋燭《ろうそく》がともっていて、その火を映した巨大な鏡が、部屋の正面の壁にあり、蝋燭の立ててある台の側に、長髪、碧眼、長身肥大、袍《ガウン》をまとった紅毛人が、椅子に腰かけて読書をしてい、それらの物の以外には、ほとんどこれという器具調度はない――と云う部屋は蝋燭の火と、それを映している鏡の反射とで、他界的と云おうか夢幻的と云おうか、そう云ったような言葉をもって、形容しなければならないような、微妙な暗さに色彩《いろど》られている。
 お島と貝十郎と幸左衛門とが、はいって行ったところの奥の部屋は、そう云ったような部屋であった。
 すぐにお島は恍惚《うっとり》となった。その部屋の光景に魅せられたのである。
 紅毛人は立ち上がったが、お島の顔を射るように見た。それから幸左衛門へ何やら云った。異国の言葉で云ったので、一言もお島には解らなかった。
 幸左衛門が異国の言葉で、紅毛人へ何か答えた。それからお島へ囁《ささや》くように云った。
「和蘭《オランダ》の甲必丹《キャピタン》カランス殿じゃ。このお方がお前様を助けてくださる」
 そこでお島は頭を下げ、真心《まごころ》からオドオドとお礼を云った。
「カランス様有難う存じます。どうぞよろしくお願いいたします」
 もちろん日本語で云ったのであるから、カランスには意味は解らなかったが、お島の態度のつつましさが、その好感を招いたらしく、彼は頷いて微笑をした。と、その時貝十郎が、お島の耳もとで囁いた。
「そなたの苦しい境遇と、そなたの不思議な病気につき、私は探って知ったのだ。いや探らせて知ったのだ。その結果を吉雄殿に話し、吉雄殿からカランス殿に話し、カランス殿の力によって、そなたの身の上に振りかかっている、危難を助けていただくことにした。……あの薬売りの藤兵衛という男に、ああいうことを云わせたのも、この十二神《オチフルイ》貝十郎なのだ。安心して一切を委《まか》せるがよい。と云うのはこれからこの部屋の中へ、そなたの胆を奪うような、奇怪な出来事が起こるからだ。驚いて気絶などしないように」
「はい有難う存じます。厚くお礼を申し上げます」
 ――で、お島はまた辞儀をした。もうこの頃は今の時間にして、午前の一時を過ごしていた。お島に病気が起こる頃であった。見ればカランスは両手をもって、大きな黒布《くろぬの》を持っていた。あのスペインの闘牛師が、闘牛に向かって赤い布を、冠せようとして構え込む、ちょうどあのような構え方で、黒布を持ち構えているのであった。と、そういうカランスが、幸左衛門へ向かって云った。それを幸左衛門が通訳した。
「お島殿、カランス殿が仰せられる、鏡を一心にご覧なされと」
「はい」と素直にお島は云って、鏡の面を凝視した。鏡は朦朧《もうろう》と霞んでいた。煙りが凝っていると形容してもよく、朝の湖水の一片が、張り付いていると形容してもよかった。
 物を写してはいなかった。四人立っているその四人の、誰もが写っていなかった。立っている位置のかげんからではあるが、蝋燭も写ってはいなかった。光は受けてはいたけれど、形を写していないのである。しかし間もなくその鏡面へ、仄《ほの》かに物の形が写った。
(妾《わたし》が病気になる時刻が来た)
 そうお島が思った時に、物の形が鏡へ写り出したのである。ぼんやりと見えていた物の形が、次第にハッキリとなって来た。それは立派な部屋であった。
 その部屋に三人の男女がいた。一人は白衣を着た修験者であり、一人は島田に髪を結った、美しい若い小間使いであり、一人は四十を過ごしたらしい、デップリと肥えた男であって、大店《おおだな》の旦那とでも云いたいような、人品と骨柄とを備えていた。
「あッ」とお島は声を上げた。
「妾の……小梅の……寮のお部屋だわ! ……お菊と、叔父様と大日坊とがおられる!」
 その時鏡中に変化が起こった。三人の間に机があったが、その上に一個の人形が、大切そうに立
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