て、勘三が小間使いに住み込ませたのは、事実勘助を女だと思い、そうやって住み込ませて置くうちに、物にしようと思ったからであった。
 お島がお菊を恋したのは、結局同性の恋ではなく、異性同士の恋なのであったが、お島はそれを知らなかった。最後まで知らなかったということである。

    海外の歌


        一

「桜月夜で明るいじゃアないか! それを何んだい、ぶつかりゃアがって!」
 無頼漢風の逞しい男が、自分の方からぶつかりながら、こう京一郎へ難題を出した。
「とんだ粗相をいたしました、真《ま》っ平《ぴら》ご免くださいますよう」うるさいと思ったので京一郎は詫びた。
「いけねえいけねえ言葉ばかりじゃアいけねえ、やい何んとか色をつけろ!」
「色をつけろとおっしゃいますと?」
「解らねえ奴だな、いくらか出せ!」
「へええお銭をでございますかな」
「あたりめえよ、膏薬《こうやく》代だ」
「と云うと怪我でもなさいましたので」
「え、怪我? うん、したした! 大変もない怪我をした。だからよ、出しな、膏薬代をさ!」
「ちょっと拝見いたしたいもので」
「ナニ、拝見? 拝見とは何をよ?」
「大変もない怪我という奴を」
「うるせえヤイ! 青瓢箪め!」
 拳が突然空に流れた。素早く京一郎は身をかわしたが、その手には拳が握られていた。
「ただの町人の小伜とは、小伜なりが少し違うぞ」
「痛え痛え人殺しイーッ……やい皆《みん》な出て来てくれ!」すると背後から四人の男が、姿を現わして走って来た。
(しまった!)――で京一郎は逃げた。ここは京橋の一画で、本通りから離れた小路であった。両親に内証で町道場へ通い、一刀流の稽古をしていたが、いつもより今日は遅くなったので、道を急いでの帰るさであった。
 背後から追っかけて来るらしい。京一郎は横へ逸れた。と、運悪く袋露路で、妾宅めいた家によって、見れば行く手をふさがれている。
(どうしたものだ! これは困ったぞ!)――で、当惑して立ち止まったとたんに、眼の前の格子戸が内から開き、
「とんだ事ねえ、さあいらっしゃい」艶《なま》めいた女の声がして、つづいて白い手が伸びて来た。
「いえ、私は……」
「大丈夫なのよ」
 ガラガラと京一郎の背のうしろで、閉ざされる格子戸の音のした時には、京一郎の体は家の中にあった。

 見失ったというように、無頼漢風の男をまじえ
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