から酒になったようである。
「大日坊、今日は泊まっておいで」
 などという勘三の声が聞こえた。
「そうねえ、大日坊さん泊まって行くがいいよ」
 お菊の声も聞こえたが、何んとなく不安そうな声であった。
「姉ちゃん、お庭へ行って遊びましょうよ」
 こういう間にお島の部屋では、お島にとっては姪《めい》にあたる、八歳のお京という可愛らしい娘が、お島に向かって甘えていた。

        六

 お島は寂しいところから、一つは姪のお京の家が、貧しい生活をしているところから、お京を寮へ引き取って、玩具《おもちゃ》の人形でも愛するようにして、ずっと以前から育てて来た。お京は愛くるしい性質で、悪戯《いたずら》もしたがその悪戯さえ、可愛らしく見えるという性《たち》であった。
「姉ちゃんお庭へ行って遊びましょうよ」
 しかしお島は黙っていた。いつもよりは今日は気持ちが悪く、返辞をするのさえ大儀だからであった。
「姉ちゃんお庭へ行って遊びましょうよ」
 お京はなおもせがんだが、お島が返辞をしないので、つまらなそうに部屋を出て、一人で庭の方へ行こうとした。と、奥から賑やかな、人々の笑い声が聞こえて来た。お京へ子供らしい好奇心が起こって、奥の方へはいって行った。
 酒盛りをしている次の部屋が勘三の常時《いつも》いる部屋であって、高価な調度などが飾り立ててあった。その部屋までお京がはいって行った時、彼女の心を惹く物があった。手文庫の抽斗《ひきだし》が半ば開いていて、人形の顔が見えていたのである。
「まあ」
 と彼女は嬉しそうに云って、抽斗からそっと人形を取り出し、部屋を出て庭へ走り出た。庭には午後の日があたっていて、遊ぶによくポカポカと暖かかった。
 山吹がこんもりと咲いていて、その叢《くさむら》の周囲《まわり》には青み出した芝生が、茵《しとね》のように展べられていた。山吹の背後《うしろ》には牡丹桜が重たそうに花を冠っていた。お京は芝生へ坐り込んだが、人形を膝の上へ大事そうに乗せると、しばらく熱心にもてあそんだ。
 それは縫いぐるみ[#「いぐるみ」に傍点]の人形であって、派手な振り袖が着せてあった。大きさはおよそ五寸ぐらいで、顔は十八、九の女の顔であった。
 そうやってしばらくもてあそんでいたが、そこは子供のことであった、やがて飽きると抛《ほう》り出して、何やら流行唄《はやりうた》をうたい出
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