ている器具には、ドンクルカームルと記された札が、その傍らに立ててあった。長さ五尺はあるらしい、太い竹筒を黒く塗ったような、二所ばかりに節のある器具――先へ行くに従って細くなり、その突端にレンズのある器具には、ルーブルと書いた札がつけてあった。
そういう座敷の一所に、一人の侍が端坐して、それらの物を眺めていたが、貝十郎とお島とを見ると、気軽そうに挨拶をした。
「これはようこそ、まあまあお坐り」
「吉雄殿、お話しのお島という娘で」
貝十郎はこう云ってから、お島の方へ声をかけた。
「大通辞の吉雄幸左衛門殿じゃ」
お島は恭《うやうや》しく辞儀をした。それを幸左衛門は軽く受けたが、
「いかさま美しい娘ごじゃな。こういう娘ごの命を取ろうなどとは、いやとんでもない悪い奴らで。……が、もうご安心なさるがよい。今夜で危険はなくなりましょう」
「いつ見てもこの部屋は珍らしゅうござるな」
貝十郎は見廻しながら云った。
「見物が多うございましょうな」
「さよう」と幸左衛門は微笑した。「応接に暇がないほどでござる」
「平賀源内殿、杉田玄伯殿など、相変わらず詰めかけて参りましょうな」
「あのご両人は熱心なもので。その他熱心の人々と云えば、前野良沢殿、大槻玄沢殿、桂川甫周殿、石川玄常殿、嶺春泰殿、桐山正哲殿、鳥山松園殿、中川淳庵殿、そういう人達でありましょうか。その人々の見物の仕方が、その人々の性格を現わし、なかなか面白うございます」
「ほほう、さようでございますかな。どんな見方を致しますので?」
「前野良沢殿、大槻玄沢殿、この人達と来た日には、物その物を根掘り葉掘り尋ね、その物の真核を掴もうとします」
「それは真面目の学究だからでござろう。あの人達にふさわしゅう[#「ふさわしゅう」に傍点]ござる。蘭医の中でもあのご両人は、蘭学の化物と云われているほどで」
「ところが平賀源内殿と来ると、ろくろく物を見ようともせず、ニヤリニヤリと笑ってばかりおられ、このような物ならこの源内にも、作り出すことが出来そうで――と云いたそうな様子をさえ、時々見せるのでございますよ」
「アッハッハッ、さようでござろう。平賀殿はいうところの山師、山師というのは利用更生家、新奇の才覚、工面をなして、諸侯に招かれれば諸侯を富まし、町人に呼ばれれば町人を富まし、その歩を取って自分も富む――と云う人間でありますからな。この
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