世間の正しい批評を、仰がせることに役立つのだからだ」
田沼家へ行った『ままごと』の中には、何がはいっていたのであろうか?
要するにむさい[#「むさい」に傍点]物であって、飲めも食べも出来ないものであった。では、献上箱にはいっていた物は? 田沼主殿頭その人を、さながらに作った人形であって、しかもその胸には短刀が刺してあり、手には斬奸状が持たされてあった。
一、その方屋敷内の儀、格別の美麗を尽くし、衣食並びに翫木石に至るまでも、天下比類なき結構にて、居間|長押《なげし》釘隠し等は、金銀無垢にて作り、これは銀座の者どもより、賄賂として取り候ものの由、不届き至極。
二、諸大名官位の儀は、天聴へ奏達も有之《これあり》、至って重き儀に御座|候処《そうろうところ》、金銀をもって賄賂すれば、容易く取り持ち、世話仕候不届き至極。
三、近年詮挙進途の権家は、皆その方親族の者ばかりにて、その方の召使いの妾等を願望の媒《なかだち》となし、度々登城仕らせ、殊に数日逗留、その節莫大の金帛相い贈り、内外の親睦を結び置き候儀、不届き至極。
四、諸事倹約と申す名目を立て、自己のみ奢り、上を虐げ、下を搾取す。不届き至極。
等々と云ったような条目が、斬奸状には連らねてあった。
二月が来て春めいた。隅田川に沿った茶屋の奥の部屋で、お品と新八郎とが媾曳《あいび》きをしていた。
「お品、こいつを着けてやろうか」
新八郎は鉄で作った、刺《とげ》のある不気味の貞操帯を揺すった。
「阿呆らしい」
とお品は一蹴してしまった。
「そんなもの嫌いでございます」
「お品、こいつを冠せてやろうか」
新八郎は驢馬仮面を撫でた。
「馬鹿らしい」
とお品は一蹴してしまった。
「男に冠せるとようございますわ」
「御意《ぎょい》で」
と男の新八郎は云った。
「こういう刑罰の道具類や、こういう節操保持の機械は、女から男へ進呈すべきものさ。……悪事は男がしているのだからなあ」
「浮世は逆さまでございますわね」
「御意で」
と新八郎は早速応じた。
「浮世は逆さまでございますとも。そこで大変息苦しい。そこで当分貝十郎式に、韜晦《とうかい》して恋にでも耽るがよろしい」
「でも、勇気がございましたら。……」
「あ、待ってくれ、勇気なんてものは、館林様にお任せして置け。……勇気なんてものを持とうものなら、お前となんか
前へ
次へ
全83ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング