断申可シ』――追っ払ってしまえと達《たっし》を出している。『近年村々ヘ浪人体ノモノ参、合力ヲ乞、ネだりヶ間敷儀申モノ数多有之候間、右体ノモノ召捕候ハバ、直ニ訴可』――合力もするな、捕えて突き出せ、こう残酷に命じているのだ。こう残酷にあつかわれては、浪人といえどもたまらない。とはいえどうしても生きて行かなければならない。そこでとうとう対抗上『近来浪人体ノ者所々ヘ大勢|罷越《まかりこし》、村方ノ手ニ難及《およびがたく》、会難儀候段相聞候』というように、多勢が一緒にかたまって、押し借りをするようになってしまい、『近年諸国在々浪人体ノモノ多ク徘徊イタシ、頭分、師匠分抔ト唱、廻場、留場ト号シ、銘々、私ニ持場ヲ定、百姓家ヘ参リ合力ヲ乞』というように、合力を乞う持ち場をさえ、定めるようになってしまい、甚しいのに至っては『近来浪人共、槍鉄砲等ヲ大勢シテ持歩、在々所々ニ於テ及狼藉』――と云うようになってしまった。……槍鉄砲を持ち歩くに至っては、内乱の萠《きざし》と云ってもよい。が、それはそれほどまでに、失業知識階級の――浪人者の心境が、荒《すさ》んで来ているという証拠であり、それほどまでに浪人者の、生活が苦しくなって来た。――と云うことの証拠でもある。……ではそういう浪人者の群を、少なくとも安全に生活させてやる、そういう政策を立つべきではないか。どうだな十二神《オチフルイ》、そうは思わぬかな?」
 云われて我輩は一言もなかった。それに相違ないのであるから。我輩は閉口して黙ってしまった。
「十二神《オチフルイ》!」と館林様は叱るように云われた。「お前、このわし[#「わし」に傍点]を尾行《つ》けて来たのだろう。江戸から尾張へ! つけて[#「つけて」に傍点]来たのだろう」
「…………」
「邪魔をするな、このわし[#「わし」に傍点]の仕事を!」
「…………」
「お前も掻《か》い撫《な》での与力ではなく、物の解った人間の筈だ。邪魔をするな、わし[#「わし」に傍点]の仕事を!」

 よい時刻だと思ったので、館林様に挨拶をして、酒宴の席を脱け出して、我輩は庭の方へ忍んで行った。と、木蔭に人影が見えた。我輩は故意《わざ》と咳をしてやった。と、一つの人影が、周章《あわ》てて向こうへ逃げて行った。後に残ったもう一つの影が、家の中へ走って行こうとするのへ、「珠太郎殿」と声をかけて、我輩はそっちへ寄って行っ
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