嬪《べっぴん》でございましょうがな」
(厭な奴だな)と貝十郎は思った。で、黙って男を見詰めた。
「三保子様は別嬪でございますとも」自信がありそうに若い男は云った。「云わば花野の女王様で」
(こいつ馬鹿だ!)と貝十郎は思った。(でなかったら色情狂だ)
「それに大層もない財産家で」
(おや、こいつ、慾も深いぞ)貝十郎は降参してしまった。
(山の中へ来ると変な奴に逢うぞ)
「お武家様、あなた見ていましたね」

        三

「何を?」と貝十郎は不愉快そうに訊いた。
「私と三保子様との恋三昧をでさあ」
「…………」
「旦那、邪魔をしちゃアいけませんぜ」
「貴様は誰だ!」
「鏡太郎って者だ!」
(ふうん、こいつが鏡太郎なのか)改めて貝十郎は鏡太郎を見た。
 ベロッとした顔、ベロッとした姿、――そういう形容詞が許されるなら、鏡太郎はそういう顔と姿の、持ち主と云わなければならなかった。つまり甞めたような人間なのであった。甞めたように額がテカテカしており、甞めたように頤がテカテカしていた。衣裳などでもテカテカ光っていた。都会の軟派の不良青年――と云ったような仁態であった。しかし太々しい根性は、部厚の頬や三白眼の眼に争い難く現われていた。
(ははあこいつ色悪だな)と貝十郎はすぐに思った。(こいつに比べると隼二郎の方が、まだしも感じがいいと云える。――どっちがいったい悪党なんだろう? ちょっと見当がつかなくなった。江戸にいると俺は見透しなんだが、田舎へ来るとそういかなくなる。田舎は性に合わないと見えるぞ)
「旦那」と鏡太郎が嘲笑うように云った。「ただのお武家さんじゃアなさそうですね。それにお前さんあの女に、特別の興味を持ったようですね。が、ハッキリ云って置く、手を引いた方がようござんしょうと。……鷺ノ森へ来たお前さんだ、征矢野の家のお客なんだろうが、あの女へチョッカイは出さない方がいい」
「うるさい下司《げす》だな、何を云うか!」
「何を、箆棒《べらぼう》、怖いものか」
「行け!」
「勝手だ」
「白痴者《たわけもの》め」
 云いすてて貝十郎は先へ進んだ。
(まるで俺の方が脅されたようなものだ)苦笑せざるを得なかった。(幸先必ずしもよくないぞ)
 その時彼の背後《うしろ》の方から梟《ふくろう》の啼き声が聞こえて来た。つづいて雉《きじ》の啼き声がした。呼び合い答え合っているようであ
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