草の間からスルスルと、小蛇が一匹這い出して来た。啓蟄《けいちつ》の季節が来たのだろう。土手の向う側へ隠れてしまった。
「これから何んとなされます?」
「そうよなァ、泥棒になろう」
女、さすがに沈黙した。
「どうだな?」と乞食微笑した。「怖いかな? お前は厭か?」
「花魁から乞食、乞食から泥棒、その辺がオチでございましょう」
「武士から乞食、乞食から泥棒、まずこの辺が恰好さ」
春昼《ひる》である。暖かい。雲雀がお喋舌りをつづけている。
「これもな」と乞食物憂そうにいった。「彼奴、越前へのツラアテさ。手にあまるほどの大盗となり、一泡吹かせてやるつもりさ」
暁星五郎という大盗が、関東関西を横行したのは、それから間もなくのことであった。火術を使うという評判であった。影の形に添うように、美人が付いているという評判でもあった。
(緑林黒白ニ曰ク)大盗暁星五郎、ソノ本名白須庄左衛門、西国某侯遺臣ニシテ、幕府有司ニ含ム所アリ、主トシテ大名旗本ヲ襲フ、島原ノ遊女花扇、是ト馴染ンデ党中トナリ、変幻出没ヲ同ジウス、星五郎強奪度無シト雖モ、ヨク散ジテ窮民ヲ賑ス、云々。
兎まれ大岡越前守が、この暁
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