うや?」
 恭《うやうや》しい言葉付きで駕籠の中の主へこう指図を仰いだが、しばらくは何んの返辞もない。と、急に美しい気高い声で軽く笑うような気勢がしたが、
「先方《さき》の越度《おちど》にならぬよう、それとなく身分を明かすがよいわい」優しくこういう声がした。
「は、畏《かしこ》まりましてござります――これこれ鹿間紋十郎とやら、それでは身分を明かせて取らせる。この乗り物においで遊ばすは、将軍家お部屋お伝の方様に、お仕え申すお局《つぼね》様じゃぞ。しかもお犬様の源氏太郎様をお膝にお載せ在《おわ》しますのじゃ。これでも止めだて致す気か? 本丸大奥に対しては閣老といえども指差しならぬ。まして町奉行の配下連がお乗り物を抑えるとは無礼千万! これを表沙汰に致す時は容易ならぬ事が出来《しゅったい》致す。なれど特別の慈悲をもって今度《このたび》に限って忘れ取らせる。以後は十分心を致せ……六尺、お乗り物を急がせるよう!」
 声と一緒に粛々と、女乗り物は動き出した。白縮緬の覆面した十人の武士はそれを囲んでタッタッと歩いて行く。振り返ろうともしないのである。
 やがて乗り物も供人も夜の闇に埋もれて見えなくな
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