ら宮川町の女郎《おやま》、それから、隠密稼ぎまでしたという、本能そのもののようなこの女は、もう今では、細木永之丞のことも沖田総司のことも念頭に無いらしく、群集の中の若い男へ、万遍なく秋波を送っていた。しかしその時、背後から
「こいつがお力だ」
という聞覚えのある声がしたので、驚いて振返って見た。植甚が群集の中に立って睨んでいた。
あッと思った時、一人の娘が、植甚の横手から、自分の方へ走寄って来た。
「沖田さんの敵《かたき》!……妾《わたし》の怨み!」
「お千代!」
お力は、匕首を、自分の鳩尾《みずおち》へ刺通したお千代の手を両手で握ったが、
「ああ……お前さんに殺されるなら……妾にゃア……怨みは云えないねえ」
と云い、ガックリとなった。
上野山内から、伽藍《がらん》の焼落ちる黒煙が見えた。幕府という古い制度の、最後の堡塁《とりで》であった彰義隊の本営が、壊滅される印の黒煙でもあった。
「片がついた」
と植甚は、お千代を介抱しながら、黒煙を仰ぎ、感慨深そうに云った。
(何も彼も是《これ》で片がついた)
底本:「新選組興亡録」角川文庫、角川書店
2003(平成15)
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