手にしやがれ。総司さんは妾一人の手で、介抱し通すってことさ)と呟くと、足早に歩き出した。
浅草から千駄ヶ谷までは遠く、お力が、植甚の家付近へ迄帰って来た時には、夜になっていた。
「お力」
と呼びながら、身長《せい》の高い肩幅の広い男が、大|榎《えのき》の裾《すそ》の、藪《やぶ》の蔭から、ノッソリと現われて来た。その声で解ったと見え、
「嘉十《かじゅう》さんかえ」
と云ってお力は足を止めた。
「うん。……お力、何を愚図愚図しているのだ」
「あせるもんじゃアないよ」
「ゆっくり過ぎらア」
「それで窓へ石なんか投げたんだね」
「悪いか」
「物には順序ってものがあるよ」
「惚れるにもか」
「何んだって!」
「お前の身分は何なんだい」
「長州の桂小五郎様に頼まれた……」
「隠密だろう」
「あい」
「そこで細木永之丞へ取入った」
「新選組の奴等の様子さぐるためにさ」
「ところが永之丞にオッ惚れやがった」
「莫迦お云い。……彼奴《あいつ》の口から新選組の内情《うちわ》聞いたばかりさ……池田屋の斬込へも、彼奴だけは行かせなかったよ」
「手柄なものか。……彼奴の方でも手前《てめえ》にオッ惚れて、ウ
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