おっと》を慕って

 お力が、総司の為の薬を貰って、浅草今戸の、松本良順の邸《やしき》を出たのは、それから数日後の、午後のことであった。門の外に、八重桜の老木があって、ふっくりとした総《ふさ》のような花を揉付《もみつ》けるようにつけていた。お力がその下まで来た時、
「松本良順先生のお邸はこちらでございましょうか」
 という、女の声が聞えた。見れば、自分の前に、旅姿の娘が立っていた。
「左様で」
 とお力は答えた。
「新選組の方々が、こちらさまに、お居でと承りましたが……」
「はい、近藤様や土方様や、新選組の方々が、最近までこちらで療治をお受けになっておられましたが、先日、皆様打揃って甲府の方へ――甲州鎮撫隊となられて、ご出立なさいました」
「まア、甲府の方へ! それでは、沖田様も! 沖田総司様も※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
 悲痛といってもよいような、然ういう娘の声を聞いて、お力は改めて、相手をつくづくと見た、娘は十八九で、面長の富士額の初々しい顔の持主で、長旅でもつづけて来たのか、甲斐絹《かいき》の脚袢には、塵埃《ほこり》が滲《にじ》んでいた。
「失礼ですが」
 とお力は云っ
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