な叫び声を挙げるのであった。
ラシイヌの一行は自動車を降りて土人の中を掻き分けながらレザールの後に従って天幕の方へ歩いて行った。林の中の有様はちょうど軍隊が野営したかのように、活気と混雑とに充たされている。馬や水牛は草を喰《は》みながら絶えず尻尾を振っている。小虫の集まるのを防ぐためだ。火を焚いている土人がある。いずれもほとんど半裸体で足に藁靴《わらぐつ》を穿きながら、その足でパタパタ地面をたたいてボルネオ言葉で話し合い時々大声で笑い出す。弓を引いている土人もある。護謨《ゴム》の林の奥を目がけてヒューッとその矢を放すと同時に、木立の上から南洋鷹が弾丸のように落ちて来た。武器の手入れをする土人もある。銅笛を吹いている土人もある。競走《マラソン》をしている土人もある。
十数《いくつか》の天幕《テント》を支配するかのように、巨大の天幕がその中央に棟高く一張張られてあったが、ラシイヌ達の一行はその天幕へはいってきた。
ラシイヌは四辺《あたり》を見廻してから事務的口調で質問《きき》だした。
「土人は一人も逃げないかね?」
「そのうちポツポツ逃げ出すでしょうが、今のところ一人も逃げません」事務的口調でレザールも云った。
「それでは総勢百人だね?」ラシイヌは軽く頷《うなず》いて、「探検用の道具類は一つも盗まれはしないだろうね?」
「一応調べることに致しましょう」
天幕二つに満たされてある道具類の検査が始まった。一つの天幕には武器の類が順序よく並べて置かれてある。七十挺の旋条銃、一万個入れてある弾薬箱、五十貫目の煙硝箱、小口径の砲一門、五個に区劃した組立て船、二十挺の自動銃、無数の鶴嘴《つるはし》、無数の斧、シャベル、鋸《のこぎり》、喇叭《らっぱ》、国旗、その他|細々《こまごま》しい無数の道具……もう一つの天幕には食料品が山のようにうず高く積まれてある。それに蒙昧《もうまい》の野蛮人を帰服させるための道具として数千粒の飾り玉やけばけばしい色の衣服《きもの》類や無数の玩具やを箱に入れてこの天幕に隠して置いたが、それら一切の武器や食料は少しも盗まれてはいなかった。
その夜はそこで一泊して翌日いよいよ奥地を目掛けて探検隊は出発した。河幅おおよそ二町もあるバンバイヤ河の岸に沿って元気よく出発したのである。アチン人種、馬来《マレー》人種、ザンギバール人種、マホメダ人種、さまざまの人種が集まって出来た土人軍の五十人が先頭に立って、進む後から、白人の一団が進んで行く、その後を小荷駄の一隊が五十人の土人軍に守られて粛々として歩をすすめる。数百年来人跡未踏の大森林は空を蔽うて昼さえ夕暮れのように薄暗く、雑草や熊笹や歯朶《しだ》や桂が身長より高く生い茂った中を人馬の一隊は蠢《うご》めいて行く。先頭の一団は斧や鋸で生木を払って道を造り岩を砕いて野を開き川を埋めて橋を掛け後隊の便を計るようにすれば、後隊の方では眼を配ってダイヤル人種、マキリ人種などの食人種族の襲撃から免れしめるように心掛ける。先頭の隊で太鼓を打てば後方《うしろ》の隊でも太鼓を打つ、白人隊で喇叭《らっぱ》を吹けば土人軍でも喇叭を吹く。そして時々喊声を上げて猛獣の襲来を防ぐのであった。白人は全部馬に乗り土人軍でも酋長だけはボルネオ馬に騎《また》がった。暁を待って軍を進め陽のあるうちに野営した。斥候《ものみ》を放し不眠番《ねずのばん》を設けて不意の襲撃に備えるのであった。一日の行程わずかに二里、目的《めざ》す土地までは一百里、約二ヵ月の旅行である。しかも最後の目的地にはたして宝庫があるや否やそれさえ今のところ不明である。それに、もう一つラシイヌ達にとって、心にかかることがある。袁更生一派の海賊がやはりこの島に上陸していて、やはり土人達の唄を聞きまた土人達の伝説を聞いて宝庫の所在《ありか》に見当を付けて、その宝庫を発《あば》くため探検隊を組織して奥地に向かって行きはしないか? もしも彼らが行ったとしたら我々白人の探検隊よりも遙かに便宜がある筈である。ボルネオ土人の風習として亜細亜《アジア》人に好意を尽くすからである。土人の好意を利用して彼ら亜細亜《アジア》人の海賊どもは捷径《ちかみち》を撰んで奥地に分け入り、我々よりも一足先に宝庫の発見をとげはしないか? ――これがラシイヌ達の心配であった。それで彼らは一刻も早く奥地地帯へ踏み込もうと土人軍どもを鞭韃した。しかしどのように鞭韃しても荊棘《いばら》に蔽われた険阻の道をそう早く歩くことは出来なかった。
二十五
行く行く彼らは土人の部落――すなわち部落へ到着《ゆきつ》くごとに飾り玉や玩具を出して見せて彼らの食料と交換した。米や野菜や鶏や卵や唐辛《とうがらし》または芭蕉の実やココアなどと貿易したのである。部落《コホン》の土人は想像したより彼らに敵意を示さなかった。貯蔵《ため》ていた食料を取り出して来て惜し気もなく彼らと交換した。そして一行を歓待して土人流の宴会を開催《ひら》いてもくれた。羽毛を飾った兜《かぶと》を冠って人間の歯の頸飾りをかけ、磨ぎ澄ました槍を手に提げ宴会の庭へ下り立って戦勝祝いの武者踊りをさも勇猛に踊ってくれた。もっとも時には一行に向かって敵意を現わす部落もあった。バンバイヤ河の水源のバンバイヤ湖へ来た時に突然|葦《あし》の繁みから毒矢を射出す者があった。味方の土人が五、六人それに当たって地に倒れた。それに驚いた味方の土人は一度に後に退いたが旋条銃の狙いをよく定めてやがて一斉にぶっ放した。次第に消えて行く煙りの間から湖水の方を眺めて見ると独木舟《まるきぶね》がおよそ十五、六隻|周章《あわ》てふためいて逃げて行く。多数の死傷者があるらしい。味方の土人は勢いを得て岸に沿うて敵を追おうとしたがラシイヌはそれを許さなかった。伏兵のあるのを恐れたからだ。味方の負傷者を調べて見るといずれも傷は浅かったが、鏃《やじり》に劇毒が塗りつけてあるので負傷者はのた打って苦しがる。そしてだんだんに弱って行く。マーシャル医学士は智恵を絞って負傷者のために尽くしたけれど、二人だけはその夜息が絶えた。土人の死骸を埋葬してから一行は尚進んで行った。一つの部落へ着いた時、不思議にも部落は空虚《から》であった。一人の土人の姿もない。そこで一行は安心して部落の空地へ天幕を張って、その夜の旅宿をそこに定め各※[#二の字点、1−2−22]眠りにつこうとした。ちょうど真夜中と覚しい頃、突然部落の家々から一斉に焔《ほのお》を吐き出したので、一同は初めて土人達の計略に落ちたことを感付いた。焔はその間も天幕を包んで四方から刻々に襲って来る。立ち昇る火の粉を貫いて雨のように毒矢が降って来る。無智の土人達は火を怖れて消そうともせず顫《ふる》えている。馬や水牛やボルネオ犬は――いずれも荷物を運ばせるために市《まち》から連れて来た家畜であるが――火光に恐れて手綱を切って焔を目掛けて飛び込もうとする。味方は火薬を持っているだけに危険の程度が大きいのであった。火焔が天幕を焼くようになったら自《おのず》と火薬は爆発しよう。五十貫の火薬箱がもし一時に爆発したら、一行百余人の生命《いのち》は粉な粉なになって飛んでしまうだろう!
ラシイヌもレザールもマハラヤナ博士も、ダンチョンもマーシャル氏も手を束《つか》ねて茫然と火勢を見ているばかりでどうすることも出来なかった。椰子や護謨の樹に燃え移る焔が樹油《あぶら》にパチパチ刎ねる音や、燃え崩れる小屋の地響きや、敵方の上げる閧の声が、千古斧を入れない森林の夜を戦場のように掻き立てる。
その時、四人の酋長の中、ザンギバール人の酋長が息せき切って走って来たが、マハラヤナ博士を捉らまえて何か早口に話し出した。
それを博士が通弁する……
「飾り玉を百個くれるなら敵の土人と和睦《わぼく》して、火事を消し止めてお目にかけるとこの酋長が云っているのです」
「飾り玉で和睦が出来るなら二百でも三百でもくれてやりましょう」
ラシイヌは喜んでこう叫んだ。博士がそれを通弁する。すると酋長は身を翻えして側《そば》の椰子の樹へよじ上り敵の土人を見下ろしたが、そこから大声で怒鳴り出した。と、不思議にもそれっきり敵の方から矢が来なくなった。間もなく焔の勢いが弱って次第次第に消えて行った。危険は全く去ったのである。危険が立ち去ったばかりでなく、新たに五十人の味方が出来た。今まで敵であった部落の土人が、五十人の壮丁を選《え》りすぐって従軍させたいと云い出したからで、ラシイヌはそれをすぐ許した。彼ら部落の土人どもはザンギバール人であるのであった。それでこっち方のザンギバール人の酋長の提議をすぐに入れて容易《たやす》く和睦をしたのであった。
百五十人の探検隊は翌日部落を発足して奥地への旅を続けて行った。無限に続く大森林! 森林の中の山と川! 底なしの沼や鰐《わに》の住む小川! それを越えて奥へ奥へ既に一月も進み進んで英国領もいつか越え、和蘭《オランダ》領へはいり込んだ。こうして尚も追撃を続け、目差す奥地も間近くなった。その時精悍なダイヤル種族の大部落と衝突したのであった。
幾度かの小戦闘《こぜりあい》が行われた。食人人種ダイヤル族は噂に勝って猛悪であった。味方の土人は彼らを恐れて前進しようとはしなかった。彼らの姿を一目でも見ると手の武器を捨てて逃げるのであった。それを叱ると罰を恐れて隊から逃亡するのであった。十人あまりも既に逃げた。逃げる時土人は銃を盗んだり飾り玉を盗んだりして逃げるのであった。
ある夜、敵方の陣地から不意に唄声が聞こえて来た。それは意外にもあの[#「あの」に傍点]詩《うた》であった。
[#ここから1字下げ]
古木天を侵して日已に沈む
天下の英雄寧ろ幾人ぞ
此の閣何人か是れ主人
巨魁来巨魁来巨魁来
[#ここで字下げ終わり]
この詩を聞くとラシイヌはいまいましそうにこう云った。
「心配した通り袁更生めがダイヤル族を手なずけて旨く味方に引き入れたらしい。海賊の一味が加わったからには、ダイヤル族のあの陣地は容易に抜くことは出来ないだろう。仕方がないから僕らの方でも堅固な砦《とりで》を築くことにしよう」
こうしていよいよ両軍の間には持久戦の準備が始められた。
二十六
(張教仁備忘録)……どこから私は書いて行こう? 私の頭は乱れている。何んと云って私は説明をしよう? 私は全く五里霧中だ……ラシイヌ探偵の親切で一旦奪われた紅玉《エルビー》を阿片窟から奪い返して燕楽ホテルへ連れ戻ったのもほんの一時の喜びであった。ある日私の目の前で彼女は窓から飛び出して再び行衛《ゆくえ》を晦《くら》ましてしまった。袁更生の邪教に誘われてふたたび犠牲になったのだ。それからの私は狂人であった。袁更生の行衛を追って北京《ペキン》から上海《シャンハイ》へ下って来たのも紅玉《エルビー》を取り返したいためであった。しかしどのように探しても紅玉《エルビー》の行衛は解らない。私はとうとう諦らめて南洋に向かって去ろうとした。宝庫を探しに行こうとした。私は費用を使い果たしてこの時全くの無一文であった。そこで私はいろいろに考え私のいつもの十八番の手で南洋航路の英国船の料理人として雇われた。明日はいよいよ出航というその前の日の宵の中を私は公園の柵の外の海岸通りを歩いていた。公園の中の楽堂では管の音が聞こえている。青葉を渡る風の音が公園の並木に当たっている。大変和やかな夜であった。私は何気なく前を通ると面紗《ヴェール》を冠った若い女が足早に向こうへ歩いて行く。姿こそ変っているけれど何んで彼女を忘れよう! それは紅玉《エルビー》に相違ない。それからの私の行動は自分ながら愚劣に思われる……やにわに私は走りかかって紅玉《エルビー》を腕に引っ抱えた。紅玉《エルビー》の背後から追跡《つ》けて来た一人の大きな欧羅巴《ヨーロッパ》人が突然私の邪魔をした。……不意にその時闇の中から無数の人間が飛び出して来て私と欧羅巴《ヨーロッパ》人とを打ち倒し紅玉《エルビー》を箱の中へ入れようとした。…
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